シャルコー・マリー・トゥース病に対するマッサージ治療の一例  入江 毅


Ⅰ はじめに
 シャルコー・マリー・トゥース病は、下腿と足部の筋萎縮および感覚障害を特徴とし、進行すると上肢にも障害が生じる神 経難病である。主に常染色体優性遺伝するが遺伝形式はひとつでない。有病率は欧米では2500人に1人と言われてきたが、最近の調査では人口10万人対 9.7~82.4人とされている。日本の調査では人口10万人対10.8人との報告があるが、実際には有病率はより高いものと推定される。いずれにせよ依 然として認知度が低く、臨床で遭遇する機会はまれな疾患である。
 今回50代女性のシャルコー・マリー・トゥース病患者に半年間マッサージ施術を行う機会を得た。この患者は神経難病の専門病院で週に一度医学的治療およびリハビリテーションを受け、本センターでも週に一度マッサージ施術を受けるという生活を送っている。
 本症例の施術を通して、シャルコー・マリー・トゥース病の運動器症状に基づく障害像とマッサージ施術が患者のADLやQOLの改善をもたらすか否かについて考察したので報告する。


Ⅱ 疾患の概要
1 原因
 シャルコー・マリー・トゥース病の詳細な原因は不明である。しかしこの疾患では遺伝子異常のため神経機能に必要な物質が発現しなくなることがわかってい る。必要な物質が発現しないため神経の脱髄や軸索障害が生じ、運動障害および感覚障害が出現するものと考えられる。なお脱髄型ニューロパチーを示す患者で は神経伝導速度の低下がみられるが、軸索障害型ニューロパチーを示す患者では神経伝導速度は正常もしくはやや低下する程度で、複合筋活動電位の低下がみら れる。

2 分類
 主に、初期に脱髄型のニューロパチーを示す群(CMT1,CMT3,and CMT4:HMSN type1)と、初期に軸索障害型のニューロパチーを示す群(CMT2:HMSN tyepe2)とに大別されることが多い。最近、 脱髄・軸索障害の両者が混在するものがあることが判明している。

3 症状
 症状として、運動障害、感覚障害等がみられる。運動障害は、筋力低下と筋委縮が主である。両側の四肢に、遠位優位に、緩徐進行性に出現する。特に下腿や 足部の筋委縮は著明で、その形状から逆シャンパンボトル型下腿筋委縮と呼ばれる。進行すると両側の足部のアーチが高くなり、凹足変形を生じる。また足指が 屈曲した形状を呈し、槌指となることもある。立位の保持や歩行にも杖等の支えが必要となる。感覚障害は、手袋靴下型となることが多い。しかし自分では気づ きにくく、手足の痛みとして感じる場合もある。自律神経障害はまれであるが、排尿障害等が起こることもある。

4 検査・診断
 診断は主に臨床像と家族歴により行われる。特徴的な臨床像は前述のように四肢遠位優位の筋力低下、逆シャンパンボトル様下腿筋委縮、凹足、槌指、手袋靴 下型感覚低下などである。家族歴や遺伝子検査による遺伝子異常が認められればより診断しやすくなる。また神経伝導速度検査で脱髄型、軸索型に分類する。神 経生検として足の神経の一部を小さく切り取り、顕微鏡で観察することもある。鑑別疾患として他のニューロパチーに留意する。具体的にはCIDPや抗MAG 抗体を伴うニューロパチー、POEMS症候群、ビタミンB1欠乏ニューロパチー、アルコール性多発ニューロパチー、アミロイドーシス、脊髄小脳変性症によ るニューロパチーなどが鑑別疾患となる。

5 治療
 根本治療は確立されていない。症状に応じて薬物療法やリハビリテーションが行われる。薬物療法としては、末梢神経障害があればアスコルビン酸やビタミン 剤、神経障害性疼痛があればリリカや抗痙攣薬を使用する。リハビリテーションとしては、筋力維持や変形防止を目的とした運動やストレッチが推奨されるが、 使いすぎには注意が必要である。足関節の変形などがあれば、足底板等の装具が用いられたり、場合によってはアキレス腱の手術による矯正を検討されたりす る。


Ⅲ 症例紹介
1 基本情報
 症例は、59歳女性、身長163cm、体重59kgである。平成26年より某神経内科病院に通院しており、同病院にてシャルコー・マリー・トゥース病と 診断されている。この患者の主訴は腰痛である。病気に伴い歩行状態が悪いこともあり、腰、背中、首、肩に痛みやこり感を強く感じるようになり、理療研修セ ンターに来所した。本人の表現で「全身のやるせなさ」を感じることも多い。

表1.症例の基本情報
性別
女性
身長
163cm
体重
59kg
病名
シャルコー・マリー・トゥース病
主訴
腰痛(その他背中、首、肩に痛みやこり感、全身のやるせなさ)
備考
神経内科病院に通院(治療・リハ)

2 自覚症状
 主訴部位は右L4高位を中心とした腰部で、性質は鈍痛である。増悪因子は歩行や同一姿勢の持続で、軽快因子はリハビリや低周波治療である。主訴以外に上項線、C6・7高位後頸部、背部の痛み・こり感、頭重感、左膝内側の歩行時の痛みがある。

表2.症例の自覚症状
部位
右L4高位を中心とした腰部
性質
鈍痛
増悪
歩行、同一姿勢の持続
軽快
リハビリ、低周波治療

3 他覚症状
 アライメントとして、脊柱側弯、L3棘突起陥凹、両側の尖足、凹足、槌指、外反母指がみられる。筋緊張は、肩甲挙筋、板状筋、胸鎖乳突筋、菱形筋、脊柱 起立筋、中殿筋、大腿筋膜張筋、前脛骨筋、腓骨筋群にみられる。また筋委縮が、手内在筋(右>左)、左大腿四頭筋、腓腹筋、足内在筋にみられ、下腿以下に 冷えがみられる。また左右手関節より遠位および左右膝関節より遠位の感覚異常がみられる。

4 既往歴
 54歳でシャルコー・マリー・トゥース病と診断された後、56歳で追突事故によるむち打ちを経験している(それ以降頭重や頭痛を頻繁に感じている)。

5 医療機関での治療内容
 前述のようにシャルコー・マリー・トゥース病の根本治療は確率されていないため、症状に応じた薬物療法とリハビリテーションを受けている。薬物療法とし てはビタミンB12、ワントラム、リフレックス、リボトリール等を内服している。リハビリテーションでは、筋リラクゼーションとして頚肩部、上下肢、体幹 のPNFを取り入れたストレッチ、尖足に対してのストレッチボード等が行われている。また筋力トレーニングとして仰臥位での腰挙上、SLR運動、腹筋系の 運動といった体幹中心の運動が行われている。
 またこの症例の特徴的なリハビリの方法としてロボットスーツHALによる歩行訓練がある。これは装着する人の皮膚表面に流れる微弱な生体電位を感知し て、コンピューター制御で関節部のモーターが運動をアシストする仕組みで、自立動作支援ロボットといえる。本症例は6ヶ月に一度入院し、このHALによる 歩行訓練を集中的に受けており、歩行状態の改善効果に非常に満足している様子がうかがえる。

6 障害像の分析
1.槌指
 本症例では槌指と足内在筋(骨間筋等)の筋委縮がみられる。シャルコー・マリー・トゥース病は遠位筋優位に筋力低下と筋委縮が進行することが知られてい る。人体において最も遠位にある筋はおそらく足の内在筋であろう。患者本人が自覚していたか否かは別として、本症例でも発症初期に足の内在筋の筋力低下と 筋委縮が生じた可能性が高い。そのため相対的に内在筋劣位・外在筋優位の状態となり、手における鷲手変形のように、槌指が生じたと推測する。本症例では槌 指に伴うADL上の問題はあまりみられないが、本人はこの変形に対して心理的に軽度の拒絶感をもっている。マッサージ治療としては、内在筋の筋力増強は難 しいため、外在筋である長指屈筋や長母指屈筋の短縮や緊張を防ぐような施術が必要であると考えられる。
2.尖足
 本症例には尖足がみられる。底屈は可能なものの背屈の可動域は0度である。背屈の制限因子を探るため、下腿を触知しながら他動的に足関節運動を行うと、 下腿後側の深部の筋が短縮している様子が観察される。恐らく下腿三頭筋よりも、後脛骨筋、長指屈筋、長母指屈筋といった深後方コンパートメントの筋群の短 縮が背屈の制限因子であるように感じられる。
3.冷え
 本症例では足部や下腿の冷えも観察される。深後方コンパートメントに後脛骨動静脈や腓骨動静脈が存在していることから、深後方コンパートメント筋群の短 縮や不動が足部の循環障害の要因の一つとなっている可能性が考えられる。もちろんニューロパチーに伴う自律神経障害や足内在筋の委縮が要因となっている可 能性もある。
4.凹足
 本症例には凹足もみられる。凹足は足の内側縦アーチが高くなった状態である。このアーチの形成には靱帯のほか筋肉も関与している。特に後脛骨筋、長指屈 筋、長母指屈筋といった深後方コンパートメントの筋群はアーチの形成に重要である。扁平足はこれらの筋の筋力低下により舟状骨が下方に変位することが原因 の一つとなることがよく知られている。凹足の原因が議論される機会は少ないが、本症例を観察すると扁平足と反対の現象が起こっているように思われる。すな わち後脛骨筋、長指屈筋、長母指屈筋の短縮により舟状骨が上方に変位してアーチが高くなり凹足を生じているように推測される。
5.反張膝
 本症例では反張膝がみられる。前述のようにこの患者には軽度の尖足があるため、立位においては下腿が後方に傾きがちとなる。それに伴う重心の後方移動を 防ぐため、大腿は逆に前方に傾いている。結果として膝関節が過伸展して反張膝となっていると考えられる。患者本人は膝の痛みを、特に歩行時の方向転換にお いて訴えることがあるが、反張膝や大腿部の筋委縮等がその原因である可能性が高い。
6.骨盤前傾と腰椎前弯増強
 本症例では骨盤前傾と腰椎前弯増強もみられる。前述の大腿部の前傾に伴って骨盤も前傾しているものと考えられるが、股関節の屈筋群の過緊張や伸筋群の弱 化も骨盤前傾に影響していると思われる。そして骨盤前傾に伴う重心の前方移動を防ぐため腰椎の前弯が増強しているものと思われるが、腹筋群の弛緩傾向と腰 部脊柱起立筋、腰部多裂筋、腰方形筋の過緊張も出現しており、これが主訴の腰痛に大きく関与しているものと思われる。
7.胸椎後弯増強と頸椎前弯増強
 本症例では胸椎後弯増強と頸椎前弯増強もみられる。前述の腰椎前弯増強に伴い上部腰椎は通常より後傾し、それによる重心の後方移動を防ぐため、胸椎後弯 が増強しているものと思われる。これにより肩甲骨は外転し、いわゆる巻肩の状態になりやすい。したがって胸部筋群の短縮および脊柱起立筋、菱形筋、僧帽筋 等の過剰な伸張負荷による過緊張が生じることとなる。また胸椎後弯増強に伴い上部胸椎は通常より前傾し、それによる重心の前方移動を防ぐため、頚椎前弯が 増強しているものと思われる。したがって頸部起立筋、肩甲挙筋、板状筋、後頭下筋群などが収縮し過緊張を引き起こしているものと考えられる。これら胸椎以 上の後方の筋群の異常は肩こりや頭重感といった本症例の不快な症状に関与していると考えられる。

7 マッサージ施術とその効果
 以上のように、本症例では後脛骨筋、長指屈筋、長母指屈筋といった深後方コンパートメントの短縮や過緊張が、槌指、凹足、尖足および足部や下腿の冷えの 一因となっている可能性がある。また、それがより上位の反張膝、骨盤前傾、腰椎前弯増強、胸椎後弯増強、頸椎前弯増強を連鎖的に引き起こしていると考えら れる。したがって主訴部である腰部の筋群の施術以外に、後脛骨筋、長指屈筋、長母指屈筋といった深後方コンパートメントの短縮や過緊張の緩和が肝要である と思われる。
 そこで、本症例についてはホット・パックで頸肩部と背腰部の温熱療法を行った後、頭痛、肩こり、腰痛に関与すると思われる肩甲挙筋、胸鎖乳突筋、菱形 筋、起立筋、多裂筋等を緩める施術をするとともに、伏臥位にて後脛骨筋、長指屈筋、長母指屈筋といった深コンパートメントの筋の短縮を触知しながらその筋 をやや潰すようなイメージで施術し、足関節の背屈ストレッチを行い、アライメントの改善を図るように工夫した。
 結果としては、腰、背中、首、肩に痛みやこり感は施術後しばらくの間軽減し「全身のやるせなさ」の出現頻度も抑えることができたと思われた。しかし後脛 骨筋、長指屈筋、長母指屈筋といった深後方コンパートメントの筋の短縮は強固であり、伸張性や変形といったアライメントの要素を改善するには至らなかった と考える。


Ⅳ まとめ
1 シャルコー・マリー・トゥース病は、下腿と足の筋委縮及び感覚障害を特徴とし、進行すると上肢や手にも障害を生じる神経難病である。
2 シャルコー・マリー・トゥース病の50代女性に半年間マッサージ施術を行った。
3 機能構造的には、上下肢の筋委縮・緊張、凹足・槌指等変形、感覚障害等がみられた。
4 日常生活では、歩行困難・背腰部痛・疲労時の全身のやりきれなさ等がみられた。
5 腰部多裂筋・長指屈筋・後脛骨筋等が特徴的に緊張し、痛みや背屈制限・反張膝等の原因となっていると思われた。
6 施術により筋緊張を基盤とした腰痛、肩こり、やりきれなさの改善がみられた。
7 関節変形などアライメントの要素の改善には至らなかった。


《引用・参考文献》
1)J Neurol Neurosurg Psychiatry.2012.572-573
2)Neuroepidemiology.2002.246-250
3)シャルコー・マリー・トゥース病(指定難病10).難病情報センター難病総合センターホームページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/3773).2020年2月27日現在
4)シャルコー・マリー・トゥース病.フリー百科事典 ウィキペディア日本語版(http://ja.wikipedia.org/).2020年2月27日現在


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