パフォーマンスを発揮するためのアプローチ 羽立 祐人Ⅰ はじめに 正しい姿勢をとることは、正しい運動パフォーマンスを発揮することを可能とし、身体の諸症状を軽減することにもつながる。これは特にスポーツ競技者においては顕著にみられる。 本稿では、立位姿勢における骨盤や脊柱のアライメントとパフォーマンスや障害予防との関係に着目し、良い姿勢・悪い姿勢の解説と良い姿勢を獲得するためのエクササイズと症例報告をまとめた。 Ⅱ 姿勢の評価 1 良い姿勢 1.矢状面での重心線とアライメント (1)頸椎 過剰な屈曲や伸展がない。中間位でゆるやかな前弯がある。 (2)腰椎 正常な弯曲は、壁を背にして立つと腰部と壁の隙間に手が収まる程度である。 (3)骨盤・大腿骨 股関節屈伸0度で腸骨稜頂点と大転子を結ぶ線が大腿長軸と一致する。 (4)膝・脛骨 膝関節屈曲や過伸展がない中間位で脛骨長軸は垂直である。 2.前額面の重心線とアライメント (1)肩甲骨 肩甲骨は第2~7肋骨上に位置し、胸郭上で平坦に位置し、過度な前傾や後傾を伴わない。 肩甲骨内側縁と胸椎棘突起との距離は、男性で7cm、女性で5~6cmである。 肩甲棘から下角までの肩甲骨内側縁は、棘突起と平行である。左右の肩甲骨内側縁が平行である。 (2)骨盤 左右の腸骨稜が水平である。 3.評価 壁から5~7cm離れて立ち、頭部・背部・殿部を壁にくっつけて、壁の手の隙間に手を入れる。壁と腰の隙間に手のひら1枚分がぴったりと入るのが理想である。 2 不良姿勢 1.矢状面での代表的な不良姿勢 (1)後弯前弯型 胸椎の後弯が強く、腰椎の前弯が強い。 骨盤の前傾と腰椎の前弯が強く、壁と腰の隙間が広くなる。 アライメント:頭部前方位、頸部過伸展、肩甲骨外転、胸椎後弯増、腰椎前弯増、骨盤前傾、腰仙角の増大※、股関節屈曲 ※腰仙角:第1仙椎上縁と水平面とのなす角度で30度が望ましい。 短縮・優勢になりやすい筋:頸部伸筋群、脊柱起立筋群、腸腰筋、大腿筋膜張筋、大腿直筋、大胸筋、僧帽筋上部線維、肩甲挙筋 延長・弱化しやすい筋:頸部屈筋群、上部脊柱起立筋、腹直筋、腹斜筋群、大殿筋、ハムストリングス(弱化は軽度)、僧帽筋中・下部線維、菱形筋 原因は、不良姿勢の持続、妊婦、肥満、腹筋の筋力低下によって起こる。 (2)後弯平坦型 胸椎は長い後弯で、腰椎は平坦である。 骨盤の後傾と腰椎の平坦が強い。腰と壁との隙間はほとんどない。 アライメント:頭部前方位、頸部軽度伸展、長い胸椎後弯、腰椎平坦、股関節過伸展 短縮・優勢になりやすい筋:ハムストリングス 延長・弱化しやすい筋:股関節屈筋群、外腹斜筋、上背部筋群、頸部屈筋群、大腿直筋、大殿筋(弱化のみ) (3)平背型 胸椎・腰椎ともに平坦である。 骨盤の後傾と腰椎の平坦が強い。腰と壁との隙間はほとんどない。 アライメント:頭部前方位、頸部軽度伸展、後部上部屈曲・下部平坦、腰椎平坦、股関節伸展、膝関節軽度伸展、足関節軽度伸展位 短縮・優勢になりやすい筋:ハムストリングス 延長・弱化しやすい筋:股関節屈筋群 Ⅲ 良い姿勢を獲得するための運動療法(エクササイズ) 1 骨盤前傾の修正 筋力強化:腹筋群、大殿筋 1.腹式呼吸 (1)仰臥位、膝を立てる。 (2)一方の手を胸部にもう一方の手を腹部に置く。 (3)吸気で胸部は動かさず、腹部の膨らみを感じる。呼気でも胸部は動かさず腹部がしぼむのを感じる。呼気は吸気の2倍の時間をかけて口からゆっくり吐くようにする。 2.腰部伸筋群の静的ストレッチ (1)仰臥位で大腿の裏に手を回す。 (2)尾骨が床から浮くように腰部の筋をストレッチする。 (3)30~60秒ほどストレッチを行い、15秒休み、これを3回ほど繰り返す。 3.引き込み法 (1)仰臥位で下腹部を下着のゴムから話すようにゆっくり引き込む。(腹部が脊柱に近づくイメージ) (2)10秒間キープし、それを10回繰り返す。10秒間は呼吸を止めないようにする。 4.骨盤後傾運動 (1)仰臥位で膝を立てる。 (2)腰の下に両手を置き、その両手で腰を押しつけるように意識しながら骨盤を後傾させる。 (3)後傾位で5秒間キープし、それを10回繰り返す。 5.腹横筋+腹直筋強化運動 (1)仰臥位で膝を立てる。 (2)両肩甲骨が浮く程度まで起き上がる。 (3)5秒間キープし、それを10回繰り返す。 6.腹斜筋強化運動 (1)仰臥位 (2)一側の肘と反対側の膝の外側に触れるように起き上がり5秒間キープする。 (3)反対側も同様に行う。 7.股関節屈筋群の静的ストレッチ (1)腕立て伏せの姿勢から、一方の股関節を最大屈曲させ、骨盤を後傾位にさせる。 (2)反対側の股関節を伸展させながら、殿部を前方に突き出す。 (3)この姿勢を30~60秒間キープし、5秒休み、これを3回繰り返す。 8.大殿筋強化運動 (1)腹臥位で腹部の下にクッションを置く。 (2)膝関節を90度に屈曲したまま、大殿筋を使って一側の股関節を伸展させる。 (3)左右を1セットとし、これを10回繰り返す。 2 骨盤後傾の修正 1.大殿筋強化運動 (1)腹臥位で腹部の下にクッションを置く。 (2)膝関節を90度に屈曲したまま、大殿筋を使って一側の股関節を伸展させる。 (3)左右を1セットとし、これを10回繰り返す。 2.ハムストリングスの静的ストレッチ (1)ストレッチしたい下肢をソファに乗せ膝の下にクッションを置く。 ※クッションを膝の下に入れないとハムストリングス以外の組織(膝窩筋、脛骨神経、関節包)なども過剰に伸展され痛みがでることがある。 (2)反対側の膝を後方に引くと同時に体幹を前に倒す。 (3)30~60秒間キープし、これを3回繰り返す。 3.大腿直筋強化運動 (1)仰臥位で膝を立てる。 (2)股関節を屈曲させたまま、膝関節を伸展させる。 (3)左右を1セットとし、これを10回繰り返す。 4.腸腰筋強化運動 (1)端坐位で両膝に手を置く。 (2)骨盤を前傾位に保持したまま、股関節を屈曲させる。その際、手で膝を押し下げる。 (3)左右を1セットとし、これを10回繰り返す。 5.腸腰筋強化+ハムストリングスストレッチ (1)端坐位 (2)一側の膝関節を伸展させ、腸腰筋を使って骨盤を前傾させながら体幹を前方に倒す。 (3)30~60秒間キープし、左右1セットを3回繰り返す。 6.外腹斜筋強化運動 (1)仰臥位で膝を立てる。 (2)上半身をひねり起こしながら、一側の肘と反対側の膝外側を近づける。 (3)左右1セットとし、これを10回繰り返す。 7.もも上げ歩行 (1)腸腰筋を使って大腿を高く上げて歩行する。歩行の際は腰椎を中間位に保つ。 (2)支持脚側の大殿筋もしっかり使う。 ※胸部の中心を前に突き出すように歩く。 ※腕をしっかり振る。 ※肘を伸ばす。 Ⅳ 症例報告 1 症例1 1.プロフィール 氏名 K・H 職業 学生(中学2年) 競技 陸上競技(100m、200m)、空手 2.主訴 下肢痛(ハムストリングス、下腿三頭筋) 3.現病歴 2019年6月頃から症状を自覚。思い当たる原因はない。症状は陸上部の練習で強度の高いトレーニングをした後に増悪する。最近になって下肢の痛みとともに下肢の柔軟性の低下を自覚している。秋からは陸上部の部長に就いた。陸上部の練習は毎日行っている。陸上の他、週1回空手を習っている。 4.自覚・他覚(初診時) (1)自覚 症状は大腿後面、下腿後面に感じている。他に腰部の重だるさも感じることがある。 (2)他覚 アライメント:やや平背・腰椎平坦 筋緊張:多裂筋、腸腰筋、ハムストリングス、下腿三頭筋、前脛骨筋 足関節はやや尖足、やや扁平足 SLR70度でやや抵抗感 股関節の可動域はほぼ正常 5.経過 (1)7月12日(初診) 自覚・他覚は割愛 ア.治療 あん摩:腰下肢を中心 イ.セルフケア ストレッチ:ハムストリングス、下腿三頭筋 ※ハムストリングスは動的ストレッチを指導した。 (2)8月7日(2回目) ア.自覚 腸腰筋、大腿直筋(左)の痛み ハムストリングス(右)の痛み イ.治療 痛みのある筋に対してキネシオテープを処方 ウ.セルフケア ストレッチ:腹直筋、ハムストリングス、下腿三頭筋 筋力強化:腸腰筋 (3)10月6日(3回目) ア.自覚 走り幅跳びの着地の際、左足首を捻挫 歩行時、時折痛みがある。 現在、練習は中止している。 イ.他覚・所見 圧痛・ストレッチ痛:左短腓骨筋群(捻挫による) ※捻挫での疼痛部位は左短腓骨筋であり、短腓骨筋の微少損傷による痛みと思われる。 ウ.治療 左短腓骨筋にキネシオテープを処方し、痛みが軽快するまで練習中止を指示 エ.セルフケア ストレッチ:腹直筋、ハムストリングス (4)10月25日(4回目) ア.自覚 左短腓骨筋の痛みは消失した。競技はシーズンオフのため陸上部では筋力強化中心のトレーニングを行っている。 目立った症状はない。 イ.治療 あん摩:腰下肢を中心 ウ.セルフケア ストレッチ:ハムストリングス、下腿三頭筋 (5)11月29日(5回目) ア.自覚 腰部の重だるさ、左膝痛(鵞足部) 腰痛は腰椎平坦化による姿勢性のものと思われる。 左鵞足部の痛みは、下腿三頭筋緊張のためニーインが起こり発症したと思われる。 イ.他覚・所見 腰椎平坦 筋緊張:腸腰筋、下腿三頭筋 ウ.治療 あん摩:腰下肢を中心 エ.セルフケア ストレッチ:腹直筋、ハムストリングス、下腿三頭筋 筋力強化:前脛骨筋 ストレッチポール:大胸筋、股関節を中心に行う。 2 症例 1.プロフィール 氏名 H・K 職業 公務員 競技 陸上競技(マラソン) フルマラソン自己ベスト:2時間32分(2017年12月) 2.主訴 下肢痛(ハムストリングス) 3.現病歴 主訴は、2019年7月頃から自覚。走り始めてからしばらくすると違和感から痛みへと変化する。 発症当初は片側のみだったが、9月頃から両側が痛むようになった。 ランニングは、ほぼ毎日続けているが、トレーニングの強度はかなり落としている。 月間の走行距離は550km程度である。 4.自覚 主訴は大腿後側中央よりやや上部に感じている。 5.他覚・所見 腰椎やや平坦 腰下肢全体の可動域が低下(特に股関節) 筋緊張:腸肋筋、腸腰筋、ハムストリングス、下腿三頭筋、前脛骨筋 6.治療 腰下肢の筋を中心にストレッチ指導(特に股関節周囲の筋) 腸肋筋、大殿筋、中殿筋、ハムストリングス、大腿四頭筋、下腿三頭筋 ※痛みのある筋だけをストレッチしないように注意 骨盤の前傾後傾運動としてキャット&キャメルを指導 7.経過 2019年9月頃から本格的に運動療法を始めた。 同年11月頃から痛みが徐々に軽減し、股関節の可動域も徐々に増大した。 同年12月から高強度のトレーニングを再開 走力はフルマラソン自己ベストを出した時とほぼ同程度まで戻ってきている。 2020年2月東京マラソン出走予定(新型コロナウイルスの感染拡大のため中止) 現在、症状はほとんどなく、強度の高いトレーニングを継続している。 Ⅳ 考察・まとめ 症例1・2の姿勢では、いずれも後弯平坦型・平背型に一致した所見がみられた。この不良姿勢はランニングにおける推進力の主体となる腸腰筋や大殿筋の弱化と同時にハムストリングスの短縮(過緊張)が起こってしまう。さらに腸腰筋や大殿筋がうまく使えない姿勢のため、大腿直筋や大腿筋膜張筋、縫工筋、ハムストリングスなどで代償して無理に走ろうとする傾向となるため、十分なパフォーマンスが発揮できない。同時に代償している筋が疲労により過緊張・痛みとして現れることもある。特にハムストリングスは姿勢により短縮し柔軟性が低下しているためランニングでエキセントリックな収縮が連続して起こると症例のようにハムストリングスを痛める結果となる。また骨盤の後傾は、腰椎の平坦(後弯)による非特異的腰痛(姿勢性腰痛)の引き金となる。 ハムストリングの短縮(過緊張)による痛みや不良姿勢による腰痛に対して、あん摩や鍼灸などの理療治療により一時的な筋緊張緩和と腰痛の改善は認められるものの、原因へのアプローチによる長期的な改善、さらにはパフォーマンス向上は期待できない。根本的な改善を図るためには、姿勢をしっかりと評価し不良姿勢が認められるなら、そこを改善させ、本来、使われるべき主動作筋が最大限に発揮できるようにする。例えば、腸腰筋をしっかり使うには、腸腰筋が停止している小転子のあたりや踵の内側あたりを意識して走ると良い。しかし、解剖学的知識のない競技者に対して、その筋をイメージして運動させるのは難しいため、伝え方のコツも求められる。いずれにしてもパフォーマンスの向上を図るためには日頃からのセルフケアが最も重要となる。 《引用・参考文献》 1)竹井仁 著 不良姿勢を正しくする姿勢の教科書 ナツメ社 2018 2)竹井仁 著 正しく理想的な姿勢を取り戻す姿勢の教科書 ナツメ社 2017 3)F,G,オコナー他 著 ランニング医学大事典 西村書店 2013 症例報告集へ戻る ホームへ戻る |