椎間関節性腰痛に対する低周波鍼通電療法  篠澤 正樹


Ⅰ はじめに
 当センターの臨床室において、腰痛は肩こりに次いで2番目に多い主訴で18.4%を占める(平成30年度臨床統計)。腰痛は、人類が二本足で直立歩行するようになって以来、いわば宿命的な疾患と言われている。
 近年、腰痛は特異的腰痛と非特異的腰痛に大別される。特異的腰痛は、医師の診察および検査で原因が特定できる腰痛のことをいう。神経症状を伴う腰椎疾患 がこれに含まれる。非特異的腰痛は、厳密な原因が特定できない腰痛のことを指し、病理解剖学的な診断を正確に行うことは困難である。神経症状を伴わないの が特徴のひとつで、病院外来を受診する腰痛患者の約85%が非特異的腰痛に該当する。
 本稿では椎間関節性腰痛を取り上げ、これに関連する解剖学的事項の整理を行う。また、低周波鍼通電療法での周波数の選択、刺入部位とその方法について記載する。


Ⅱ 解剖
1 生理的弯曲
 脊柱を側面から見ると全体としてS字状の形をしている。頸部と腰部で前弯し、胸部と仙骨部は後弯を描く。弯曲は全体として緩やかに徐々に移行するが、第5腰椎と仙骨の間は屈曲し、仙骨上縁は突出して岬角となる。

2 椎間関節
 椎間関節は相互に密接に関連し、脊椎の可動性と安定性に大きく貢献する。上位椎の下関節突起が下位椎の上関節突起の内側に嵌入する形状を示し、関節面が関節軟骨で覆われた滑膜関節である。関節包の上下端には上位嚢と下位嚢があり膨らんでいる。
 椎間関節面の傾斜角度は矢状面に対して下位腰椎ほど大きい。そのため、椎間関節面の傾きは下位腰椎ほど前額面に近づくが、上位腰椎では矢状面に近づく。 このような腰椎の椎間関節の形状は剪断力と回旋力に抵抗し、椎体の前方転位と回旋変位を抑制している。したがって、他の滑膜関節と同様に外傷による損傷 や、荷重、運動を含めたストレス、加齢などによって退行変性を生じる。
 椎間関節は通常、20%の加重を分担すると言われている。しかし、実際は屈曲時では圧縮負荷は起こらない。逆に伸展時はその割合が大きくなる。

3 多裂筋
 多裂筋は腰部背筋群の中で最大で、最も内側に位置する筋群である。仙骨背面から第4頸椎に至る間の横突起から起こり、2~3個上位の棘突起に付着する筋 で、筋束に分かれている。とくに腰仙部で発達しており、上記の他にL3/4・L4/5・L5/S1の椎間関節の関節包、上後腸骨棘、後仙腸靱帯にも付着す る。

4 脊髄神経後枝内側枝
 腰髄神経は前根と後根が一対となり、1本の神経根として各椎間孔から脊柱管外に出る(後根には椎間孔部で後根神経節がある)。神経根は椎間孔から出るとすぐに、脊髄神経前枝と後枝に分岐する。前枝の直径が5mm近くあるのに対し、後枝は著しく細く2mm以下である。
 椎間孔を出て分岐した脊髄神経後枝は、椎間関節の上関節突起に接して後外側下方に走り、横突起基部背側の乳様副靱帯のところで外側枝、中間枝、内側枝の3本に分岐する。外側枝は腰腸肋筋・腰仙部の皮膚、中間枝は腰最長筋を支配する。
 内側枝は乳様副靱帯の下を通って、第1の枝は椎間関節包の下部に分布し、第2の枝は多裂筋を支配し、第3の枝は1つ下位の椎間関節包の上部に分布する。

脊髄神経の分岐
図1 脊髄神経の分岐


Ⅲ 低周波鍼通電
1 概要
 低周波鍼通電療法(EAT:Electro Acupuncture Therapy)は局所療法の一分野であり、鍼治療の手法のひとつである。筑波大学理療科教員養成施設では、低周波鍼通電療法を積極的に臨床応用として取 り入れ、患者の治療や研究を行っている。EATの目的を「局所循環の促進」「骨格筋伸張性の向上」「鎮痛」「自律神経反射による内臓系への影響」の4つに 大別している。EATは1.筋肉パルス、2.神経パルス、3.椎間関節部パルス、4.皮下パルス、5.反応点パルスの5つに分類される。各種の(1)対 象、(2)目的、(3)周波数については、次の通りである。

2 分類
1.筋肉パルス
(1)対象
 骨格筋
(2)目的
 骨格筋内循環の促進、トリガーポイントが関連痛の基になっている場合には鎮痛を目的としている。骨格筋の伸張性の向上については、循環促進に続いて起こると考えてられている。
(3)周波数
 ア.骨格筋内循環の促進を目的とする場合
  骨格筋内循環の促進は、筋ポンプ作用による効果が最も大きいと考えられている。
  通電パターンには10Hz以下の連続した低頻度通電と、10~30Hz程度の間欠的な通電がある。どちらも循環の促進は起きるが、前者の方が反応はよ り大きいと報告されている。さらに、筋収縮の大きさを連続した低頻度通電で比較した場合、収縮大グループと収縮小グループでは、収縮大グループの方が循環 促進の効果が明らかに大きいことがわかっている。
  以上のことから、「通電によって逃避行動が起こらず、充分な筋収縮を得ること」を条件とすると、10Hz以下の連続した低頻度通電が望ましい。したがって、1Hz程度が適している。
 イ.筋の痛みの緩和を目的とする場合
  トリガーポイントによる筋痛やこりの場合、まずは該当する骨格筋内循環の促進を目的とした施術を行って、経過を観察する。患者によっては、該当する骨 格筋を能動的に収縮させることで、心地よさを感じるケースがある。10~30Hz程度の間欠的な通電は、その心地よさを再現できる場合があるため、患者の 状態により選択する。
2.神経パルス
(1)対象
 末梢神経(感覚枝と運動枝を選択して通電するまでには至っていない)
(2)目的
 感覚枝の通電となった場合は、閾値の上昇を目的とする。
 運動枝の通電となった場合は、支配領域の筋内循環の促進を目的とする。運動枝を刺激する神経パルスは、支配領域にある複数の筋を収縮させる事ができる。結果的には、運動枝を経由した筋肉パルスとなる。
 (3)周波数
 神経パルスの場合、通電により支配領域にある複数の筋が収縮するため、10Hz以上の周波数だと強縮に伴う痛みが発生しやすい。
 動物実験による神経への電気刺激と神経血流の関係では、低頻度通電でもわずかではあるが神経血流量の増加が確認され、50Hzが最も有効であったと報告されている。
 強縮に伴う痛みを回避するため、ヒトを対象とした場合は低頻度通電が望ましい。
3.椎間関節部パルス
(1)対象
 椎間関節部周囲
(2)目的
 椎間関節部周囲の循環改善、関節部の感覚を支配する脊髄神経後枝内側枝の閾値を上昇させることを目的とする。
(3)周波数
 通電時、電気は鍼尖から最も放出されるが、鍼体からも流れる。したがって、椎間関節部に刺鍼して通電した場合、鍼体が接している固有背筋も収縮を起こす ことになる。通電によって骨格筋を強縮させることは避けた方が良いので、椎間関節部パルスは10Hz以下の低頻度通電が望ましい。
4.皮下パルス
(1)対象
 皮下の結合組織
(2)目的
 現在のところ、臨床的な効果のみの観察にとどまっている。対象とする症状は、ごく局所的なアトピー性皮膚炎による皮膚症状の改善としている。
(3)周波数
 皮下に水平刺を行って通電するため、低頻度ではチクチク感が出現してしまう。これを回避するために高頻度通電を用いる。通常は30~50Hzを使用する。
5.反応点パルス
 現段階では解剖学的な組織分類に従うものではなく、経験的に施術効果が得られる通電方法の総称である。鍼通電療法による生体反応の一つである自律神経系を介する反応の結果だと考えられている。


Ⅳ 椎間関節性腰痛に対する低周波鍼通電療法
1 椎間関節性腰痛の主症状
1.後屈制限と後屈時痛がある。
2.罹患椎間関節に一致した圧痛がある。
3.圧痛部で軽度の触覚低下を認める。
4.大腿外側へ放散痛がある。
5.棘突起のゆさぶり振動による罹患関節部の疼痛再現がある。

2 椎間関節性腰痛のポイント
1.SLRテスト陰性
2.下肢の神経学的異常所見陰性
3.単純腰椎X線所見に異常なし(退行性変化が見られる場合はある)

3 治療対象とする部位
 椎間関節部周囲(実際の理療治療では、鍼尖がどの組織に位置しているかの確認は困難である。そのため、椎間関節部周囲と記載した)

椎間関節部周囲(腰椎)の神経分布
図2 椎間関節部周囲(腰椎)の神経分布

4 作用機序
 多裂筋に通電された場合は筋肉パルスとなる。
 脊髄神経後枝内側枝に通電された場合は神経パルスとなり、多裂筋を含め支配領域の筋が収縮して筋肉パルスとなる。
 多裂筋はL3/4・L4/5・L5/S1の椎間関節の関節包に付着しているため、治療対象部位のひとつとして考えられる関節包への介入も可能となる。

5 使用する鍼
 2寸―5番(本稿では、L4/5の椎間関節を指標とする)

6 刺入
1.部位
 L4棘突起の下端から外方に20mm外側
 L5棘突起の下端から外方に20mm外側
2.方向
 皮膚面に直刺
3.深度
 35~50mm

7 患者への確認事項
 椎間関節部周囲に刺鍼した際、鍼の「ひびき感覚」が患者の自覚している「症状の部位」、「感覚の質」と一致していることを確認する。

8 周波数・時間
 1Hz、連続、15分


Ⅴ おわりに
 「椎間関節性腰痛に対する低周波鍼通電療法」は、令和元年度に開催した研修講座を基に筆記した。本稿で明確にしたかった内容は、「対象とする組織」であ る。通電を目的に考えた場合、椎間関節部周囲には多裂筋、脊髄神経後枝内側枝、椎間関節包の位置の認識が必要となる。これまで漠然としていた各部の位置関 係は、イラストではあるが図2(図解 腰椎の臨床より引用)において確認することができた。
 理療治療において、鍼尖が多裂筋、脊髄神経後枝内側枝、椎間関節包のどこに位置しているかを確認することは困難である。低周波鍼通電療法では、多裂筋に 刺鍼した場合は筋肉パルスとなる。脊髄神経後枝内側枝に刺鍼した場合は神経パルスとなり、結果的に筋肉パルスとなる。筋肉パルスは多裂筋を収縮させ、多裂 筋が付着している椎間関節包への介入に関与することが整理できた。最も重要なことは、刺鍼した鍼の「ひびき感覚」が、患者の自覚している「症状の部位」、 「感覚の質」と一致することであり、治療においてこれを怠ってはならない。


 《引用・参考文献》
1) 解剖学講義:伊藤 隆、南山堂、2006.10
2) 図解 腰椎の臨床:戸山芳昭、メジカルビュー社、2001.4
3) 総説 低周波鍼通電療法における治療目的と通電周波数について:徳竹忠司ほか、 筑波大学理療科教員養成施設紀要、2015
4) 鍼通電療法 筋パルス・椎間関節部パルスの応用:徳竹忠司、日本東洋医学系物理 療法学会誌 第43巻2号、2018
5) 日本腰痛学会雑誌13巻1号「椎間関節性腰痛の基礎」:日本腰痛学会、2007
6) 鍼灸療法技術ガイドⅡ:矢野 忠、文光堂、2012
7) 日本腰痛会誌 特別企画 腰痛の病態解明「椎間関節性腰痛の基礎」:山下敏彦、札 幌医科大学医学部整形外科


症例報告集へ戻る
ホームへ戻る