慢性症状に対する灸治療の効果について  古川 美奈


Ⅰ はじめに
 わたしは、肩こりや腰痛などの運動器症状が主訴である患者を治療することが多い。しかし、運動器症状以外の治療をできるだけ多く行い、治療の幅を広げたいと日頃から考えている。
 今回は、アトピー性皮膚炎によるかゆみと、慢性的な腹痛に対して灸治療を行う機会を得たので、その効果について報告する。

Ⅱ 症例1 アトピー性皮膚炎によるかゆみ
1 初診時の状況
1.基本情報
 30歳代、男性、公務員
2.主訴
 アトピー性皮膚炎によるかゆみ
3.現症
 幼児期にアトピー性皮膚炎と診断された。生まれつきアトピー素因があったようで、アトピー性皮膚炎と併せて、小児喘息、食物アレルギー(卵、えび、そば)があった。喘息や食物アレルギーは現在落ち着いている。
 小学生の頃から全身のかゆみを自覚している。かゆみを強く感じる部位はその時々で変わる。常に体のどこかがかゆい。就寝時は無意識に掻いていることが多い。掻きむしって血が出ることがある。
 小学生の頃から現在に至るまで、月1回程度皮膚科に通院し、現在は内服薬と外用薬を処方されている。主治医によると現在の状態は軽症とのこと。
 秋から冬にかけて背部(特に肩甲間部)のかゆみと鱗屑が増悪するため、その予防を目的とした治療を希望している。
4.自覚症状
 現在、かゆみを強く感じることが多い部位は、頭部(髪が伸びてくると側頭部から後頭部に特に強い)、肩甲間部、季肋部、側胸部、肘外側、前腕、手指、殿部の外側である。
 一日を通してかゆみの変化はあまりないが、強いて言えば増悪するのは、職場から帰宅後着替えるとき、開放感を感じたとき、体が温まったとき、ストレスを感じたときや心配事があるときなどである。一年の中では乾燥する秋から冬にかけてかゆみと鱗屑が悪化する。
 体が冷えているときや、集中しているとき、非常に緊張しているときは比較的気にならない。
 主訴の他、鼻水、便秘ぎみ、下腿のむくみ、足首から先の冷え。
5.他覚症状
 背部全体のざらつき、側腹部、前腕、下腿外側の紅斑、頭部、上腕外側、側胸部、側腹部の鱗屑、手指のひび割れ。
6.既往歴
 幼児期 アトピー性皮膚炎(治療中 月1回通院)
      小児ぜんそく(緩解)
      食物アレルギー(現在はキウイのみ)
      アレルギー性鼻炎(時々通院し、点鼻薬を処方されている)
7.参考事項
 内服薬:タリオン、ジルテック、デラキシー
 外用薬:サトウザルベ軟膏、ジフロラゾン酢酸エステル軟膏、ロコイド、デルモゾールG軟膏(体用)デルモゾールGローション(頭部用)、アクアチム、保湿クリーム
 患者は、灸治療により将来的には薬を減らしたいと考えている。

[アトピー性皮膚炎重症度のめやす]
 軽症:面積にかかわらず、軽度の皮疹のみみられる。
 中等症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%未満にみられる。
 重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%以上、30%未満にみられる。
 最重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の30%以上にみられる。
 ※軽度の皮疹:軽度の紅斑、乾燥、鱗屑主体の病気
 ※※強い炎症を伴う皮疹:紅斑、丘疹、びらん、潰瘍、苔癬化などを伴う病変
 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018より

2 病態の考察
 かゆみの原因は幼児期から続く成人型アトピー性皮膚炎であり、罹患してから30年以上が経過している。患者にとっては、かゆみもさることながら、毎日の 服薬や薬の塗布、薬の付着による衣服の消耗の早さも相当なストレスになっている。このストレスも症状の一因だと考えられる。

3 治療法・経過
 令和2年10月15日から令和3年2月7日まで24回治療を行った。これまでの治療経過について報告する。
1.1回目:令和2年10月15日
 いずれの経穴も、せんねん灸の奇跡レギュラーを1壮ずつ施灸した。
 気の巡りを改善する目的で、最初に腰陽関、命門、筋縮、至陽、神道、身柱、大椎の順に施灸した。
 また、内臓の働きを整える目的で肺兪、膈兪、肝兪、腎兪、大腸兪に、かゆみの緩和を目的に合谷に施灸した。さらに足の冷えを改善させる目的で、三陰交に施灸した。
 施灸直後は、背部のざらつきが若干軽減した。
2.14回目:令和2年12月16日
 自覚症状:大きな変化はないが、背中のかゆみが少しだけ楽になった気がする。
 他覚症状:背部(特に肩甲間部)のざらつきがなくなり、しっとりとしていた。頭部、上腕外側の鱗屑。季肋部、前腕の紅斑。
 治療法:1回目と同様。
3.16回目:令和2年12月24日
 自覚症状:ストレスがあると指をかいてしまうため、指のひび割れが治りにくい。背部、季肋部、側胸部、側腹部のかゆみはあるが以前ほどつらくない。
 他覚症状:背部に若干のざらつき、頭部、側腹部、側胸部、上腕外側の鱗屑と前腕の紅斑。
 治療法:1回目の治療法に足三里に灸を追加。
4.18回目:令和3年1月4日
 自覚症状:ここ数日は比較的いい状態である。
 他覚症状:左棘下窩と腰部に掻いた痕があり、その周辺は特にざらつきが強かったが背部の他の部位にざらつきはなかった。頭部、上腕外側の鱗屑、前腕の紅斑。
 治療法:16回目と同様。
5.23回目:令和3年2月1日
 自覚症状:前回の治療から1週間以上経ったためか、全体的にかゆみを少し強く感じる。
 他覚症状:肩甲間部のざらつきが若干強い。上腕外側の鱗屑と前腕の紅斑。
 治療法:16回目と同様。
6.24回目:令和3年2月7日
 自覚症状:最近はかゆくてたまらないということが減った。特に背中、側胸部、側腹部のかゆみと鱗屑は軽減したと感じている。
 他覚症状:背中全体がしっとりしている。上腕外側の鱗屑はあるが、前腕の紅斑はやや軽減していた。
 治療法:前回同様。

4 考察・今後の課題
 約4か月間、週1回程度の灸治療を続けた結果、毎年みられていた秋から冬にかけての背部のかゆみが軽減し、鱗屑がほとんどみられなくなった。頭部、季肋 部、側胸部、側腹部のかゆみも軽減し、鱗屑がみられる頻度が減少した。治療開始前と同様に、その時々でかゆみが現れる部位は変化するが、かゆみの度合いは 若干弱まってきている。このことから、本症例に対する灸治療は一定の効果があったと考えられる。しかし、治療間隔が空くと症状が悪化してしまうため、最低 でも週1回程度の治療が必要だと考えられる。
 この患者は、罹病期間が長く、気候や心理状態により症状が変化しやすいため、短期間の治療で症状の劇的な変化は期待できない。薬の量を減らすことを目標に、今後も患者と協力しながら根気強く治療を続けていきたい。

Ⅲ 症例2 器質的病変が認められない慢性の腹痛
1 初診時の状況
1.基本情報
 10歳代、女性、公務員
2.主訴
 食後の下腹部痛
3.現症
 6月下旬から、食後に下腹部の痛みを感じるようになった。痛みは1~2時間ほど続き、吐き気を伴うことがある。2か月程経過しても症状が改善しないた め、胃カメラの検査を受けたが、特に異常はなく、大腸カメラの検査も受けたが、器質的な異常はなかった。過敏性腸症候群と診断され、便の水分を調節する薬 などを服用したが、症状は改善しない。食事をとると腹痛が起こるため、食事をするのが苦痛である。水やお茶では痛みは出ないが、おかゆやスープだと痛みが 出る。
4.自覚症状
 食後1~2時間後の下腹部の痛み。痛みはジンジンという感じ。便通はほぼ正常である。主訴の他、冷え症。
5.他覚症状
 筋緊張:僧帽筋上部繊維、背部脊柱起立筋
 関元、上巨虚に圧痛。脾兪に硬結。下腹部と足首から先の冷え。
6.既往歴
 18歳 過敏性腸症候群
7.参考事項
 胃下垂である。

2 病態の考察
 この患者は、過敏性腸症候群と診断されたが、頻回の下痢や便秘などの過敏性腸症候群の典型的な症状はみられない。4月から生活環境が大きく変化したことが、腹痛の原因である可能性があると思われる。

3 治療法・経過
 令和2年10月14日から令和3年2月3日まで11回治療を行った。これまでの治療経過について報告する。
1.1回目:令和2年10月14日
 胃腸の機能を改善する目的で、中脘、天枢、関元、上巨虚に、足の冷えを改善する目的で陰陵泉と三陰交にせんねん灸ソフトを1壮ずつ施灸した。
 ※1~6回目までは、患者が灸治療になれていなかったため、施灸箇所を少なめにした。
2.5回目:11月11日
 自覚症状:腹痛は変化なし。冷えは少し改善している気がするが、下腹部が少し冷たい。現在は月2回程通院し、鎮痛剤や整腸剤などを処方されている。10日間服薬し、効果の有無をみて医師が処方を変えているとのこと。
 他覚症状:天枢、関元に硬結。足首から先の冷え。
 治療法:天枢、関元、足三里、上巨虚にせんねん灸ソフトを各1壮、三陰交にせんねん灸ソフトを3壮施灸した。
3.7回目:12月17日
 自覚症状:腹痛に変化はない。前日の夕食後、強い腹痛を伴う下痢をした。
 他覚症状:膏肓、脾兪に圧痛と硬結。下腹部と足先の冷え。
 治療法:気の巡りをよくする目的で、命門、至陽、身柱、大椎に、また、胃腸の症状を改善する目的で脾兪に、自律神経を整える目的で膏肓にそれぞれせんねん灸ソフトを1壮ずつ追加した。他は前回と同様の経穴にせんねん灸ソフトを1壮ずつ施灸した。
4.11回目:2月3日
 自覚症状:食後の腹痛はあるが、最近はものすごく痛いということは少なくなった。薬を飲んでも症状に変化がないため、年が明けてからは服薬しておらず、 通院もしていない。冷えについては、以前は足が冷たくて寝られないことがあったが、この冬はそのようなことはない。平熱が以前は35.4℃だったが、最近 は35.8℃くらいになっている。
 他覚症状:上脘、脾兪に硬結。
 治療法:上脘にせんねん灸ソフトを1壮追加。他は7回目と同様。

4 考察・今後の課題
 約4か月間治療を行った結果、食後の腹痛は少しずつ軽減しており、冷え症も改善してきている。腹痛が軽減しているのは、患者が環境に慣れてきたことも大 きいと考えられるが、冷え症には一定の効果があったものと思われる。頻度は減ったものの、現在でも時々強い腹痛が現れることがあるため引き続き治療を続け ていきたい。

Ⅳ おわりに
 どちらの症例も、症状が慢性に経過しているため、根気強く治療を続けることが必要である。心理状態が症状に少なからず影響を及ぼすと考えられるため、治 療中は患者にリラックスしてもらえるよう心がけたい。また、自宅での過ごし方についても適切にアドバイスをして、患者のQOL向上の手助けをしていきた い。

《引用・参考文献》
1) 公益社団法人日本皮膚科学会、一般社団法人日本アレルギー学会、アトピー皮膚炎診療ガイドライン作成委員会、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン、2018
2) 藤井正道、灸法実践マニュアルー開業鍼灸師のためのガイドBOOk 督脈通用法で治療効果を高める、BABジャパン、2009
3) 江川雅人、北海道高等盲学校附属理療研修センター 平成25年度 第2回理療研修講座資料 アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療、2013
4) 池田政一、経穴主治症総覧、医道の日本社、2017



症例報告集へ戻る
ホームへ戻る