視覚障害者が観察・理解しやすい模型作成の試みー「骨盤と脊柱の連動」模型ー  入江 毅


Ⅰ はじめに
 北海道札幌視覚支援学校附属理療研修センターは、視覚に障害のある理療師の方を対象に様々な研修講座を行っている。受講者の視覚状況は多様であり、弱視 の方も全盲の方もご参加いただいている。私達が研修講座で提示する文字資料は、受講者に内容が伝わるよう、拡大したり点字にしたりして工夫している。図表 も同様に工夫しているが動きを伴う人体の様子を伝える場合には限界を感じ、模型が必要だと思うことも多い。
 そこで「骨盤と脊柱の連動」をテーマとした「動く模型」を作成し、「視覚障害のある方が観察・理解しやすい模型」について検討した。本稿ではまず「模型作りの手順」を述べ、その過程で浮かび上がった「模型作りの留意点」「留意点と 模型の構想との結びつき」について考察する。そして今後の一助として「模型構想シート」を提示する。

骨盤前傾に伴う脊柱前弯の様子骨盤後傾に伴う脊柱後傾の様子
図1 骨盤前傾に伴う脊柱前弯の様子        図2 骨盤後傾に伴う脊柱後傾の様子

Ⅱ 模型作りの手順
 はじめに「骨盤と脊柱の連動」模型の作成手順を示す。実際には多くの試行錯誤を伴ったが、ここではそれを整理して簡潔に述べる。
1 準備
1.材料
 角材、板、テニスボール、木ネジ、ロープ、フック、差込ドライバ等。
模型作りの手順1
2.道具
 軍手、メジャー、差金、鋸、電動ドライバ、木工用ボンド、紙やすり、畳針等。


2 部品作り
1.脊柱
(1)テニスボールの2カ所、向かい合うように穴を開ける(ボール、電動ドリル)
(2)2カ所の穴を貫くように凧糸を通していき、ボール7つを連ねる(ボール、凧糸、畳針)
(3)連ねたボールの両端でボールが抜けないように凧糸を大きめに結んで脊柱完成。
模型作成の手順2
2.骨盤
(1)一辺17cm、厚さ2cmの正方形の板を対角線で2つに切断する(板、鋸)。
(2)2つの板を貼り合わせ、厚さ4cmの二等辺三角形にする(木工用ボンド)。
(3)紙やすりで、表面を滑らかにし、角を落とす(紙やすり)
(4)二等辺三角形の輪郭線を1cm幅で残し、他の部分に黒画用紙を貼る(画用紙、のり)。
(5)直角が上前腸骨棘、他の角がそれぞれ上後腸骨棘と恥骨結節となる。
(6)上前腸骨棘と上後腸骨棘の部にそれぞれ丸フックを取り付けて骨盤完成(丸フック)。
模型作成手順
模型作成手順
3.大腿
(1)幅5cm、厚さ4cmの角材を切断し、55cm2本、40cm1本の部材にする(鋸)。
(2)40cm部材を挟んで幅5cmの3本の部材を重ね、下端を揃えて接着する(木工用ボンド)。
(3)紙やすりで、表面を滑らかにし、角を落とす(紙やすり)
(4)輪郭線を約1cm幅で残し、他の部分に黒画用紙を貼る(画用紙、のり)。
(5)束ねた部材の上端が股関節部、下端が大腿下端となる。
(6)大腿下端に丸フックを取り付けて大腿完成(丸フック)。
模型作成手順模型作成手順
3 組み立て
1.下肢と骨盤の接合
(1)骨盤の中心よりやや恥骨結合よりの部分にドリルで太穴を開ける(電動ドリル)。
(2)大腿の上端で股関節部にあたるところにドリルで下穴を開ける(電動ドリル)
(3)股関節部の下穴と骨盤の太穴が一致するよう大腿に骨盤を挟み込む。
(4)一致した穴に木ネジを差し込み骨盤と大腿を固定する(電動ドライバ)。
(5)過度な可動性がでるよう骨盤の太穴を電動ドリルで微調整して終了(電動ドリル)。
模型作成手順
2.骨盤と脊柱の接合
(1)脊柱の下端に差込ドライバの持ち手部分を接着する(差込ドライバ、接着剤)
(2)骨盤上辺で上後腸骨棘やや前方に電動ドリルで太穴を開ける(電動ドリル)
(3)骨盤の太穴に差込ドライバを先端から差し込み接着する(差込ドライバ、接着剤)。
(4)接着剤が乾いたら、脊柱と骨盤が差込ドライバ部で脱着できるよう微調整して終了。
模型作成手順
3.筋肉の取り付け
(1)ロープの一端を、上後腸骨棘部のフックに結ぶ(ロープ)。
(2)ロープのもう一端を、大腿下端のフックをくぐらせ上前腸骨棘のフックに結ぶ。
(3)結んだロープの余り部分を1.5m程度残して切断する(はさみ)。
(4)ロープをプレートの両端の穴にねじらずに通す(ステンレスプレート)。
(5)ロープの端を上後腸骨棘のフックに長さを調節しながら結びつけて終了。
模型作成手順
4.脊柱と筋肉の接合
(1)プレート両端の穴の間にあるロープを設置壁のフックに掛け模型全体を吊す。
(2)プレートの中央の穴にS字フックを掛ける(S字フック)。
(3)S字フックに脊柱上端の凧糸の長さを調整しながら結びつけて終了。
模型作成手順
模型作成手順模型作成の手順

Ⅲ 考察
1 模型作りの留意点
 模型作りにおける試行錯誤のなかで「視覚障害のある方が観察・理解しやすい模型」について、改めて検討した。ここでは、その「模型作り留意点」を「理解 しやすい」「視覚で捉えやすい」「触覚で捉えやすい」という3つの観点で考える。
1.「理解しやすい」という観点からみた留意点
 まず「理解しやすい」という観点で考える。「理解」とは感覚器からの入力情報を「短期記憶」で整理し、「長期記憶」に送る過程である(図3)。特に「短 期記憶」は「脳内作業場」と言われるほど重要である。「短期記憶」は「情報の取捨選択」「情報の分解」「情報の仮構造化」「仮構造の照合」等多くの作業を 行っている。この作業が多ければ聞き手は「理解しにくい、難しい」と感じ、この作業が少なければ聞き手は「理解しやすい、易しい」と感じる。つまり「理解 しやすい」とはこの「短期記憶」の作業が少ないということであるといえる。したがって情報の受け手(聞き手)の短期記憶の作業を、情報の送り手(話し手) が代行すれば、「理解しやすい情報提示」となる(表1)。具体的には、受け手の「情報の取捨選択」は、送り手が「テーマを絞り込む」ことによって代行でき る。また受け手の「情報の分解」は、送り手が「テーマを要素分解しそれを単純化する」ことによって代行できる。そして受け手の「情報の仮構造化」は、送り 手が「要素を構造化して順序よく伝える」ことによって代行できる。以上のことは種々の場面で一般的にあてはまることであり、勿論模型作りにもあてはまる。 したがって「理解しやすい」という観点で模型作成を考えたとき、その留意点として「テーマを絞り込む」「テーマを要素分解する」「要素を単純化する」「要 素を構造化する」「要素を順序よく伝える」という5点が重要だと考えられる。
理解のメカニズム
2.「視覚で捉えやすい」という観点からみた留意点
 次に「視覚で捉えやすい」という観点で考える。周知のように、光は眼球の水晶体や硝子体を透過し、網膜で電気信号となる。電気信号は視神経を伝って脳に 入り、最終的に後頭葉視覚野に到達する。このどこかの過程にトラブルが生じれば視覚に障害が現れることになる。私達伝え手が配慮や支援を行えるのは網膜に 写る像についてである。弱視の方にとってこの網膜像が「大きく」、網膜像のコントラストが「はっきり」していて、時間をかけて「ゆっくり」と視ることがで きると「視覚で捉えやすい」と感じることが多い。したがって「視覚で捉えやすい」という観点で模型作成を考えたとき、その留意点として「模型の部品を適度 な大きさにする」「模型の色調にコントラストを付ける」「模型を提示する環境や時間を調整する」という3点が重要だと考えられる。
受け手の作業と送り手の作業代行
3.「触覚で捉えやすい」という観点からみた留意点
 最後に「触覚で捉えやすい」という観点で考える。触覚は皮膚感覚を中心とした接触感覚である。したがって模型に接触する時の皮膚の安全確保が大前提とな る。具体的には擦傷や裂傷を防ぐために、「素材の表面を平滑にし、素材の角や突起を円滑にする」必要がある。触察は普通手指で行う。手指のみで得られる触 覚情報は部分的・断片的である。したがって効率的に全体像を把握するためには、部分的・断片的な情報を経時的に繋いで追えるよう「基点とガイドラインを明 確化する」必要がある。また触察には能動的な触運動が重要であり、模型には積極的に触っても壊れないだけの「操作性と耐久性をたせる」必要もある。以上の ことより「触覚で捉えやすい」という観点で模型作成を考えたとき、その留意点として「表面を平滑化する」「角等を円滑化する」「基点とガイドラインを明確 化する」「耐久性をもたせる」「操作性をよくする」という5点が重要だと考えられる(表2)。

「理 解の」側面
「視 覚」の側面
「触 覚」の側面
・テーマを絞り込む
・テーマを要素分解する
・要素を単純化する
・要素を構造化する
・要素を順序よく伝える
・部品を適度な大きさにする
・色調にコントラストを付ける
・環境や時間を調整する
・表面を平滑化する
・角等を円滑化する
・基点とガイドラインを明確化する
・耐久性をもたせる
・操作性をよくする
表2 「模型作りの留意点」まとめ

2 「模型作りの留意点」と模型の構想の結びつき
 実際に作業をしてみて、模型作りでは、テーマ、素材、部品、構造、大きさ等をイメージして、大まかな構想を立てることが何より重要だと感じた。ここでは 前述の「模型作りの留意点」が実際の構想にどう結びついたか、自ら振り返りながらまとめる(表3)。
 まずテーマについて述べる。ここでの留意点は「テーマを明確化する」ことであった。今回作成した模型は姿勢についての研修講座で活用するものであり、伝 えたい内容は非常に多い。それを一つの模型に詰め込むと、聞き手は「情報の取捨選択」におわれてしまう。そこで模型で示すテーマは「骨盤と脊柱の連動」の みとした。また脊柱を脱着式として、テーマを骨盤のみにさらに絞って伝える際も、ノイズとなる脊柱の情報を除去できるようにした。
 2番目に素材について述べる。ここでの留意点は「耐久性を持たせる」「表面を平滑化する」「角などを円滑化する」等であった。模型の素材としては、紙、 段ボール、発泡スチロール、樹脂等、様々な物が考えられる。この模型は「動く模型」であるため、加工が容易である必要もあった。木材はドリルで穴を開ける 等の加工も比較的容易な素材である。また耐久性にも優れ、紙やすりなどで表面を平滑化・円滑化することもできる。これらのことから素材は主として木材とす ることとした。
 3番目に部品について述べる。ここでの留意点は「テーマを要素分解する」「要素を単純化する」「基準とガイドラインを明確化する」「色調にコントラスト を付ける」等であった。この模型の部品は、脊柱、骨盤、大腿、筋肉の大きく4つとした。脊柱は本来複雑な形状の椎骨が連なったものであるが、今回はテニス ボールを7つ連結する形に単純化した。なおテニスボールは蛍光の黄色で、背景とコントラストがつきやすい。背景とコントラストがつきやすい。骨盤も本 来複雑な形状であるが、今回は直角二等辺三角形の板として単純化した。三角形の3つ の頂点は、上前腸骨棘、上後腸骨棘、恥骨を表現している。この頂点を触察や観察の基準 点とし、辺がガイドラインとなるよう工夫した。なおコントラストをつけるため、三角 形の外縁を1㎝幅で残し、それより内側には黒画用紙を貼付した。これにより背景が暗 色でも明色でも骨盤の輪郭が明瞭なものになった。大腿についても直方体(棒状)の形 状に単純化し、骨盤同様に黒画用紙を貼付し輪郭を明瞭なものにした。また筋肉につい ては、多数の筋肉を4つの筋肉群として捉え、それぞれを1本のロープで表現すること で単純化を図った。結果として、脊柱、骨盤、大腿、筋肉の4要素は、球体、三角形、直方体 、 ロープといった観察者誰もが知るであろう単純図形となった。
 4番目に構造について述べる。ここでの留意点は「要素を構造化する」「操作性をよく す る」等であった。構造化にあたって、脊柱、骨盤、大腿、筋肉の4要素を、触察上の基準 点の近くで連結するよう工夫した。それにより触察や観察の際に要素どうしの繋がり や関係性が把握しやすくなると考えた。4要素を連結した模型はフックで壁に吊す構 造とした。これによりどのように模型を操作しても、その重量で模型が自動的に直立位 を保つこととなり、骨盤を傾斜させると脊柱が連動して弯曲する動きを作り出すこと ができた。具体的に言えば、ある筋肉を引っ張って骨盤を前傾させると脊柱 腰椎 が前 弯し、また別の筋肉を引っ張って骨盤を後傾させる と脊柱が後弯するという、操り人形 のような仕組みとした。

項目
構想
留意点
テーマ
骨盤と脊柱の連動
・テーマを明確化する
素材
木製:表面は紙やすりで滑ら かに
・耐久性をもたせる
・表面を平滑化する
・角等を円滑化する
部品
脊柱:テニスボールを7個連 結
骨盤:三角形に単純化
    上前・上後腸骨棘・恥骨が基点
大腿:棒状
筋肉:背部・腰部・大腿前・大腿後側
・テーマを要素分解する
・要素を単純化する
・基点とガイドラインを明確化する
・色調にコントラストを付ける
機構
吊るし模型
脊柱・骨盤大腿結合部は可動性
脊柱と骨盤は脱着式
4つの筋肉で骨盤傾斜を変化させる
骨盤傾斜の変化と脊柱変化が連動
・要素を構造化する
・操作性をよくする
大きさ
120cm程度
・部品を適度に大きくする
イメージ図
図2 骨盤後傾に伴う脊柱後傾の様子
骨盤と脊柱の連動
表3 「骨盤と脊柱の連動」模型における構想と留意点

3 今後の模型作りのための「模型構想シート」
 今回の経験を今後の模型作りにいかすため、「模型構想シート」を試作した(資料1)。 これは模型を構想する際に、考慮すべき項目を挙げ、それぞれにおける留意点を踏まえ ながら模型のイメージを膨らませるためのワークシートである。具体的には、項目とし て、テーマ、素材、部品、構造、大きさを挙げ、文字やイラストを書き込めるようにした。 再び模型作りをする際は、この「模型構想シート」を活用して、経験を深めていきたい。

Ⅳ まとめ
1 模型作成を通じて視覚障害のある方が観察・理解しやすい模型について考察した。
2  「模型作りの留意点」を「理解」「視覚」「触覚」の3側面から検討した。
3  「理解」の側面からは「テーマを絞り込む」「テーマを要素分解する」「要素を単純化 する」「要素を構造化する」「要素を順序よく伝える」の5つの留意点が考えられた。
4  「視覚」の側面からは「部品を適度な大きさにする」「色調にコントラストを付ける」 「環境や時間を調整する」の3つの留意点が考えられた。
5  「触覚」の側面からは「 図2 骨盤後傾に伴う脊柱後傾の様子表面を平滑化する」「角等を円滑化する」「基点とガイドライ ンを明確化する」「耐久性をもたせる」「操作性をよくする」の5つの留意点が考えら れた。
6  「模型作りの留意点」を踏まえた構想の重要性が感じられた。
7  この経験を今後の模型作りにいかすため「模型構想シート」を作成した。
8  「模型構想シート」を活用して、今後も模型作りに挑戦していきたい。

《引用 ・ 参考文献》
1) 全国盲学校長会: 新訂版 視覚障害教育入門 Q&A 2 018 ジアース教育新社
2) 藤沢 晃治:図解「伝える」技術 ルール 10. 図2 骨盤後傾に伴う脊柱後傾の様子 2006. 講談社
3) 市川 伸一:心理学から学習をみなおす(岩波高校生セミナー(2)). 岩波書店


資料1 模型構想シート

記入日  年  月  日
記入者:
使用者 氏名:    視力:   
視野・色覚他:
ねらい:
項目
構想
留意点チェック
テーマ

テーマは明確か?
素材

耐久性は十分か?
表面は平滑か?
角や突起は円滑か?
けがの恐れはないか?
部品

要素に分解されているか?
要素は単純化されているか?
基点とガイドラインは明確か?
色調のコントラストは十分か?
機構

要素は構造的で組み立て可能か?
操作性はよいか?
大きさ

使用者にとって適度な大きさか?
イメージ図




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