陰部神経・坐骨神経刺鍼を簡便にするための模型・教材作成の取組 羽立 祐人Ⅰ はじめに 脊柱の中には脊柱管と呼ばれる空間があり、腰椎部では脊髄から移行した馬尾が走行する。左右腰椎椎体間では、神経根が分布し、椎間孔を通り、末梢神経に 至る。 若いうちは脊柱管や椎間孔には十分なスペースがあるが、加齢に伴い椎間関節の変形や黄色靱帯の肥厚が起こり、場合によっては腰椎のすべりを伴い、脊柱管 や椎間孔のスペースが徐々に狭くなっていく。馬尾や神経根が慢性的に圧迫されて、神経組織の循環不全が生じ、その結果として下肢の痛みやしびれなどの異常 感覚が現れる症候群を症候性腰部脊柱管狭窄症(以下、LSS)という。 我が国における症候性のLSSは365~580万人と推定されており、有病率は年齢とともに高くなる。 障害高位(狭窄部位)として最も多いのは、L4/L5間であり、L5神経根障害が最も生じやすい。 LSSは、ひとつの神経根障害(単根性障害)により下肢や殿部の疼痛を特徴とする神経根症状を示す「神経根型」と両側下肢・殿部の疼痛やしびれ、異常感 覚(灼熱感、絞扼感)などを特徴とする多根性の馬尾徴候を示す「馬尾型」、両方の症状がある「混合型」に大別される。 神経根症状は、脊柱管の狭窄が高度でないと出現しない馬尾徴候よりも自然軽快を含む保存療法で軽快しやすいが、変性すべりや変性側弯があると難治化や再 燃する傾向にある。 LSSに特徴的な症状は、立位の持続や歩行してしばらく経つと下肢症状が生じるが、腰椎が軽度前屈位となる側臥位、座位、自転車走行時には、基本的に無 症状、あるいは下肢症状の悪化がない(神経性の間欠跛行)である。 中・長期的な経過は、神経障害形式によって異なる。馬尾型は軽快傾向を示さないのに対して神経根型は軽快傾向を示す。したがって、LSSの保存療法の主 な役割は、神経根型を有する患者の症状緩和である。初期治療における保存療法は、医師による薬物療法、運動療法、鍼治療が中心であり、軽度から中等度の症 例で最大70パーセント有効といわれている。 LSSの主症状である間欠跛行やその他の下肢症状の発生機序は、脊柱管内における神経の圧迫、神経内の血流障害である。 鍼通電刺激の作用機序については、基礎研究で神経内血流での改善や末梢環境の改善、それに伴う血管を拡張させる化学物質であるサブスタンスPやCGRP の発生などが報告されている。臨床的には局所皮膚血流や筋内循環改善等の効果も認められている。 井上基浩は過去のLSSに対する鍼灸治療の研究を医学中央雑誌等から検索し、まとめている。そのなかで、一般的な保存療法に加えて、傍脊柱部、障害神経 走行部、障害神経筋反応部への刺鍼により、効果を示さなかった症例に対して、陰部神経鍼通電や障害神経根鍼通電を行ったところ、腰痛や下肢痛、下肢の異常 感覚、間欠跛行などの症状改善が得られたと報告している。 また、井上基浩らは、LSSの間欠跛行のある患者に対して、陰部神経刺激を目的とした鍼通電を行ったところ、下肢症状の軽減と間欠跛行が出現するまでの 歩行距離が延長したと報告している。ラットの陰部神経への電気刺激をしたときの坐骨神経血流の動態についての検証では、電気刺激により坐骨神経の血流増加 が認められたとも報告している。 陰部神経の刺鍼方法においては、上後腸骨棘と坐骨結節下端内側とを結ぶ線上で上から50~60パーセントの高さが示されている。しかし、この刺鍼方法で は熟練した触察・刺鍼技術が求められ精度にやや課題があると思われる。 このように、LSSの下肢症状に対して、陰部神経刺激を目的とした鍼通電刺激は有効であると示唆されるが、その刺鍼方法については、いまだ確立していな いのが現状である。 本稿は、陰部神経刺鍼を簡便かつより精度の高い方法を確立するための模型や教材作成についてまとめたものである。 Ⅱ 陰部神経を中心とした解剖 陰部神経を的確に刺鍼するには、梨状筋や坐骨神経、仙結節靱帯との位置関係を知っておくとよい。模型を作成する上でも解剖学的位置を捉えることは重要で ある。また、細々した模型だと触った時にわかりにくいため、伝えたい部位を明確にするためデフォルメすることも重要である。 1 梨状筋の解剖 梨状筋の起始は、仙骨の前面、S2-4仙骨孔の間、大坐骨切痕であり、停止は大転子内側である。 筋と骨との位置関係は、個人差はあるものの概ね以下のようになる。 1.下後腸骨棘と大転子の近位端のラインが梨状筋中央のラインと一致する。 2.上後腸骨棘と大転子の近位端のラインが梨状筋上縁のラインと一致する。 3.上後腸骨棘と尾骨下端との中点と大転子の近位端のラインが梨状筋下縁のラインと一致する。 2 坐骨神経の解剖 坐骨神経は、後大腿皮神経とともに梨状筋下孔を出て,坐骨結節と大転子の間を通り、大殿筋および大腿二頭筋長頭の深側を下降する。 坐骨神経の内側は脛骨神経、外側は総腓骨神経が走行する。 坐骨神経(脛骨神経)の内側を後大腿皮神経が走行する。 坐骨神経は陰部神経の外方約5~10mmを走行する。 3 陰部神経の解剖 陰部神経の走行は、梨状筋下孔から骨盤を出た後、坐骨棘を回り、小坐骨孔から坐骨直腸窩へ入る。 陰部神経は、下直腸神経(主に肛門の運動)、会陰神経(主に会陰部の知覚)、陰茎背神経(主に陰茎の知覚)の3枝に分かれる。 4 仙結節靱帯 仙結節靱帯は上部・外側部・内側部の3つに分けられる。 (起始-停止) 1.上部:腸骨後縁、上後腸骨棘-尾骨 2.外側部:下後腸骨棘-坐骨粗面、梨状筋(一部) 3.内側部:S3-5外側隆起、下位仙椎、尾骨の側縁-坐骨粗面 Ⅲ 模型(陰部神経モデル) 筆者は、陰部神経を中心とした解剖学的位置関係を 把握するため、陰部神経モデルの模型を作成した。 模型の左側は、全面を粘土で覆い、殿部の形状に整えた。模型の右側は、骨や神経、筋、靱帯などの位置関係を把握できるように作成した。 1 材料 模型を作成するにあたり、以下の材料を用意した。 1.骨模型:骨盤と大腿骨の模型で既存のものを使用した。(大腿骨は右のみで上3分の1で切断されている) 2.模型の土台:100円均一にて購入 3.針金:太さ1mmのもの(100円均一にて購入) 4.紙粘土:8パック(100円均一にて購入) 5.水性ニス:透明のもの(100円均一にて購入) 6.絵の具:赤色、黄色、青色 7.バスタオル 8.木工用ボンド 9.キネシオテープ 2 模型作成の行程 1.針金を使用して、土台に骨模型を固定する。 針金はなるべく目立たない箇所に取り付ける。 所要時間:2時間 2.左側の骨盤にバスタオルを細かく切ったものを丸めて付けて、概ね殿部の形状と なるように整える。 殿部の表面は粘土で覆うため、そこを考慮して実際の大きさよりもやや小さくタオルをつける。 所要時間:2時間 3.左側のタオルを付けた部分に紙粘土を付けて、殿部の形状に整える。 粘土がひび割れしないようにつなぎ目の部分は念入りにこすり合わせる。 所要時間:8時間(4日間) 4.左側の紙粘土を付けた殿部に水性ニスを塗る。(3度塗り) 所要時間:2時間(4日間) 5.右側の骨盤に、梨状筋、坐骨神経、陰部神経の走行に沿って、針金を取り付ける。 針金のつなぎ目は、見えないように死角になるところでつなぎ合わせた。 所要時間:2時間 6.右側の梨状筋の針金に細かく切ったバスタオルを巻く。 梨状筋の表面は粘土で覆うため、そこを考慮して実際の大きさよりもやや小さく タオルをつける。 所要時間:1時間 7.バスタオルを巻いた梨状筋に紙粘土を付けて、形状を整える。 ひび割れしないようにつなぎ目は、念入りに取り付けた。 所要時間:1時間(2日間) 8.坐骨神経、陰部神経に紙粘土を付けて、形状を整える。 所要時間:1時間(2日間) 9.梨状筋の紙粘土に赤色の絵の具を塗る。 所要時間:1時間 10.坐骨神経の紙粘土に黄色の絵の具を塗る。 所要時間:30分 11.陰部神経の紙粘土に青色の絵の具を塗る。 所要時間:30分 12.梨状筋の紙粘土に木工用ボンドを塗布し、つやを出す。 所要時間:30分 13.坐骨神経、陰部神経の紙粘土に木工用ボンドを塗布して、つやを出す。 所要時間:30分 14.キネシオテープを仙結節靱帯の形状に切って模型に貼り付ける。 テープを剥がして確認する場合もあるため、容易に剥がせるようにした。 所要時間:30分 Ⅳ 教材(階段スケール) 筆者は、陰部神経、坐骨神経、梨状筋の刺鍼を容易にするため、階段スケールを作成した。 階段スケール作成にあたり、それぞれの刺鍼部位について、骨からの指標で正中からの距離を測定し、概ねの距離(平均値)を割り出した。 正中からの距離は、陰部神経が45mm、坐骨神経が50mm、梨状筋が60mmである。 体表の正中からの陰部神経・坐骨神経の距離を割り出すのに2週間程度の時間を要した。 階段定規の使用方法は、定規の底辺を尾骨上端に当てる。下から一段目が陰部神経、二段目が坐骨神経、三段目が梨状筋の刺鍼部位と一致する。 《引用・参考文献》 1) 矢野忠:鍼灸療法技術ガイドⅠ 文光堂 2012 2) 宮本俊和 他:中高齢者の鍼灸療法 医道の日本社 2015 3) 高野裕一:脊柱管狭窄症の病態と最近の知見 全日本鍼灸学会雑誌2017年67巻第4号 277-296 4) 岡敬之:腰部脊柱管狭窄症に対する保存療法の3群比較 全日本鍼灸学会雑誌2017年67巻第4号 277-296 5) 井上基浩:腰部脊柱管狭窄症に対する鍼灸治療-臨床・基礎研究- 全日本鍼灸学会雑誌2017年67巻第4号 277-296 6) 井上基浩:腰部脊柱管狭窄症による間欠跛行に対する陰部神経鍼通電刺激の試み 全日本鍼灸学会雑誌2000年50巻2号 175-183 症例報告集へ戻る ホームへ戻る |