骨盤から診た病態把握と理療治療  中谷 薫


Ⅰ はじめに
 世界一の長寿国である我が国においては、治療対象が高齢者となることは常 である。3年目に突入したコロナ禍においては、ストレスに起因する愁訴の割合 の増加など以前とは様々な変化が現れている。患者の愁訴は、より多様化複雑化 が進み理療治療へのニーズも高まっている。また、感染への不安を持ちながらも 治療への希望が強く、感染防止対策を十分講じた上での治療の継続が求められ ている。
 高齢者にはコロナフレイルに陥らないような対応が求められ、いかに身体機 能と認知機能を保つかがカギとなる。外出自粛・3密回避は、運動量や身体機能 の低下を招き、特に下肢筋の筋力低下の影響は骨盤を超えて全身症状へと波及 していく。
 骨盤は上半身と下半身を繋ぐ役割を担う重要な部位であり、骨格系の中で最 も性差が大きいことが特徴である。女性では横幅が広く柔軟性が高いため、歪み も起こりやすく、様々な愁訴を招きやすい。骨盤に付着する筋は、股関節のみな らず、椎間関節(脊柱)や膝関節、更に肩関節の運動にも関与し姿勢保持や身体 の動きに常に深く作用している。
 ここでは、骨盤にスポットを当て、病態把握や治療・修正方法等について取り 上げる。また、令和3年度に治療を担当した症例について、骨盤に視点を置いた 考察を行う。


Ⅱ 骨盤の歪み
1 骨盤の歪みによって現れる症状
1.運動器症状
 肩こり、腰痛、股関節・膝関節の痛み、O脚又はX脚、脚長差など。
2.内臓・自律神経症状
 骨盤臓器の機能異常、便秘、下痢、生理痛・生理不順、代謝が悪くなり太りや すくなる、冷え症、頭痛、めまい、浮腫、易疲労、全身倦怠感など。
3.精神症状
 抑うつ、イライラ、集中力低下など。

2 骨盤が歪む主な原因
1.加齢や運動不足などによる筋力低下や柔軟性低下
2.妊娠・出産後の影響
3.基礎疾患や痛み
 腰椎椎間板ヘルニアなどによる代償性側弯、股関節脱臼や中殿筋筋力低下に よるトレンデレンブルグ徴候陽性など。
4.姿勢や重心の乱れ(日常の癖や仕事などによる影響)
 不良な座位(脚を組む、あぐら、横座りなど)、猫背、立位時に体重を片足に 乗せる、カバンやバッグなど重い物を片側だけで持つ、作業時の端末の配置(目 線より上にある)、就寝時の不良姿勢、身体に合わない寝具、ハイヒールの常用 など。

3 骨盤の歪みの種類と症状
1.骨盤前傾型
 アライメント:腰椎前弯増強、腰仙角増大、股関節屈曲、膝関節軽度伸展、足 関節軽度底屈
 短縮しやすい筋:腰部脊柱起立筋、腸腰筋、大腿筋膜張筋、大腿直筋
 延長しやすい筋:上部脊柱起立筋、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋、大 殿筋、ハムストリングス(軽度)
症状:前縦靱帯の負荷が大きくなる。後部椎間板の圧迫・椎間孔の狭小化、神 経根の圧迫、椎間関節障害、仰臥位での股関節外旋減少
 主な原因:不良姿勢の保持、肥満、妊娠、腹筋の筋力低下、ハイヒールの常用。 また、一見姿勢が良い様に見えるのも特徴
2.骨盤後傾型
 アライメント:腰椎平坦、股関節過伸展、膝関節過伸展、足関節中間位
 短縮しやすい筋:ハムストリングス
 延長しやすい筋:股関節屈筋群(単関節筋)
 症状:後縦靱帯機能低下、腰部の衝撃吸収作用低下、腰椎後部椎間板腔が増大 し腰椎屈曲時に髄核が後方に突出することがある。膝関節への負担増大。仰臥位 での股関節外旋増大、頸肩部のこり
 主な原因:臍折れ坐位・立位で前屈みの姿勢が持続し、結果的に上半身が後方 に移動し、背中を曲げて頭を前に突き出してバランスをとる
3.骨盤開き型
 主な原因:出産時、ホルモンの影響によって開いた骨盤が元の位置に戻らず、 産前よりも開いた状態になる。脚を組む、あぐら、横座り。
 症状:猫背、O脚、仰臥位での股関節外旋増大、下半身太り
4.骨盤左右の傾き型
 アライメント:腸骨稜の左右差、脚長差、仰臥位での股関節外旋左右差
 主な原因:腹筋・腰部・殿部の筋の左右差、足を組む、あぐら、横座り
 症状:猫背、O脚、仰臥位での股関節外旋増大、下半身太り

4 骨盤の歪みの評価方法
1.前傾型・後傾型の評価
(1) 上前腸骨棘と同側の恥骨結節が垂直面上にあれば正常である。
(2) 上前腸骨棘と上後腸骨棘とを結ぶ線と水平面との角(骨盤傾斜角)が約 10 度前傾していれば正常である。
(3) 仰臥位で腰部と床との間に大きな隙間がある場合は骨盤前傾が大きい。
(4) 伏臥位で股関節前面と床との間に隙間ができるまたは殿部が持ち上がって いる場合は骨盤前傾が大きい。
2.骨盤開き型の評価
(1) 爪先が開いた角度の確認
 仰臥位で脚を伸ばし肩幅程度に開き、力を抜いて脚を左右にブラブラ揺らし た後、動きを止めて左右の爪先が開いた角度を確認する。80~90 度の左右対称 V字に開いていれば正常、傾きが非対称、爪先が開き過ぎ・閉じ過ぎの場合は骨 盤の歪みが示唆される。
(2) 膝を左右に倒して確認
 仰臥位で膝を立て、両膝を同時に左・右に倒し、均等に動くか確認する。脚が 倒しにくい、痛みがある場合は、骨盤の歪みが示唆される。
3.骨盤左右の傾き型の評価
(1) 左右の腸骨稜頂点が同じ高さにあれば正常である。
(2) 足踏みをして確認
 閉眼にて 30 回程度足踏みを行い、終了時、最初に立っていた場所から移動し た位置を確認する。右または左へ移動していた場合、その側の骨盤が下がってい ることが示唆される。また、前後へ移動していた場合は、その側への重心の移動 が示唆される。

5 骨盤の歪みの治療原則
1.骨格に歪みを来すような基礎疾患の診断・治療を優先する。
2.硬い・短縮している筋に対しては、ストレッチングや理療施術を行う。
3.弱化・延長している筋に対しては、筋力増強を行う。
4.不良姿勢や癖などが原因となっている場合は、その習慣を改善する。

6 骨盤の歪みの予防のポイント
1.日頃からの適度な運動やストレッチング
2.長時間の同一姿勢の回避
3.正しい坐位・立位
4.産後の骨盤ケア
5.望ましい寝方・望ましい寝具の使用

7 骨盤の修正
1.骨盤前傾の修正のポイント
(1) 腰部伸筋群と股関節屈筋群のストレッチング
(2) 腹筋群と大殿筋の強化運動
(3) 骨盤後傾運動
 仰臥位で腰部の下に両手を入れ、その手を腰部で押し付けるように骨盤を後 傾させる。腹横筋、腹直筋、大殿筋が鍛えられる。10 秒保持し、5~10 回行う。
(4) 前傾の立ち方治しエクササイズ
 壁から踵を5~7㎝離れた位置でもたれかかって立つ。膝を伸ばしたまま骨 盤を後傾し腰部と壁の隙間が少なくなるように腹筋と大殿筋に力を入れる。更 に胸を張って両肩と後頭部を壁に近づける。1日の中で数回行い、慣れてきたら 壁がない所でも行い、習慣化していく。
2.骨盤後傾の修正
(1) ハムストリングスのストレッチング
(2) 腸腰筋と大腿直筋の強化運動
(3) 後傾の立ち方治しエクササイズ
 壁から踵を5~7㎝離れた位置でもたれかかって立つ。膝を伸ばしたまま股 関節を壁に押し付けるように骨盤を前傾しながら殿部を壁に押し付ける。胸を 張って両肩を壁に近づける。軽くうなずくようにしながら後頭部を壁に付ける。 1日の中で取り入れ、壁を使わずにできるようになるまで練習する。


Ⅲ 症例報告
1 概要
 ここでは令和3年度に治療を担当した 34 症例(43~89 歳、延べ 235 回)につ いて報告する。
 無職群・専業主婦群の多くは、通常時は、ジムやプールでの運動、仲間とのゴ ルフ・ボーリング・カラオケ・定期的な旅行など外出・活動の頻度が高かったが、 コロナ後は自宅時間が主となり、読書・手芸・楽器練習・ブログ・動画視聴・ネ ット閲覧などへと変化していた。就職群では、リモートワークが求められたケー スが多く、運動量は更に減少していた。
 精神的ストレスの原因については、他の家族の在宅時間が増えたことで、自由 な時間が減少したこと、人との交流が減少したこと、直接会えなくなったことな どケース毎に様々で環境変化を基に絶対量の増加は明らかであった。

2 自覚症状
 頸肩部のこりは全員の自覚症状で、うち 81.2%(平均 66.9 歳)は主訴であっ た。
 2番目に一致率が高かった愁訴は「運動量が減って体重が増えた」、「食べるこ とが多くなって体重が増えた」、「酒量が増えた」であった(76.2%、平均 65.3 歳)。また、その中でウォーキングなど運動習慣があったのは、30.8%であった。
 3番目に一致率が高かった愁訴は「脚が弱っている気がする」、「脚に力が入り にくい」、「歩く速度が遅くなった」、「脚がふらつく」など下肢筋力の低下を示唆 する症状が多かった(50.0%、平均 75.6 歳)。
 4番目に一致率が高かった愁訴は膝の痛みで、20.6%、平均 76.6 歳であった。
 「外出するのが怖い」、「毎日コロナのことばかりで憂鬱だ」などコロナうつを 示唆する訴えは 17.6%にあり、その全員が専業主婦という特徴が認められた。

3 他覚所見
 腰椎前弯増大・骨盤前傾は 17.6%に認められ、下肢筋力低下に関連した症状 を訴えるものはなかった。
 腰椎前弯減少・骨盤後傾は 58.8%に認められ、その全員に何らかの下肢筋力 低下に関する症状を有していた。また、頑固な頸肩部のこりを有するケースが多 かった。
 筋緊張については特に腰椎平坦・骨盤後傾群では、頭半棘筋、板状筋、僧帽筋、 肩甲挙筋、脊柱起立筋、ハムストリングスに認められた。圧痛・硬結についても 同様の傾向で、天柱・完骨・肩井・肩外兪に著明であった。

4 治療目標・治療法
1.腰椎前弯増大・骨盤前傾タイプ
 基本的に腹筋群の強化、背腰部及び股関節屈筋群の緊張緩和を目標とした。
 腹筋強化については、普通の腹筋ができないケースも少なくなかったため、ア ブアイソメトリクスを指導した。これは、仰臥位にて膝と股関節を 90 度屈曲し、 両手を頭の後ろで組み、頭と肩甲骨をベッドから少し浮かせて5秒程度保持す るもので、5回3セット程度で行うよう説明した。
 背腰部の筋緊張に対しては、脊柱起立筋や腰方形筋に対する刺鍼や低周波鍼 通電を行った。
 股関節屈筋群の筋緊張に対しては、あん摩とストレッチングを行った。
2.腰椎前弯減少・骨盤後傾タイプ
 基本的に股関節屈筋群の強化及びハムストリングスの緊張緩和を目標とした。
 腸腰筋の強化のため、椅子座位で片側の膝に両手を乗せ、その膝を上げ、股関 節屈曲運動に拮抗するように両手で膝を下に押す(力比べを行う要領)。左右 10 ~20 回を1セットとして行うよう説明した。
 大腿直筋の強化のため、仰臥位で両膝を立て、一側ずつ膝関節を伸展していく。 左右 20~30 回を1セットとして行うよう説明した。
 ハムストリングスの筋緊張に対しては、あん摩とストレッチングを行った。

5 評価
 多くが主訴としていた頸肩部のこりについては、症状消失までには至ってい ないが、頑固なものについては改善傾向にある。
 骨盤の修正・姿勢改善を目的としたエクササイズについては、患者自身課題と 感じている方も多く、自宅等で取り組んでいただけた。現時点では、骨盤後傾改 善のエクササイズによって、脚の不安定感や膝の痛みなどの改善が認められて いる。今後も治療と経過観察を継続していく必要がある。

6 考察
  治療を希望した当初の理由は、ほぼ頸肩部のこりであったが、局所のみの治療 では根本的な改善とはならないことが明らかとなった。コロナ禍による活動量 の減少が加齢に伴う筋力低下に拍車をかけ、骨格の歪みを招き、慢性的な症状を 引き起こしていた。運動器系の同じ症状を長く訴えている症例では、特に骨盤を 始め骨格の歪みを軸にした病態把握が不可欠であることが再確認できた。
 また、慢性症状の改善には、低下した筋力を回復させるためのエクササイズの 処方も不可欠である。更に一人暮らしや専業主婦では、うつ状態に陥りやすい傾 向もあるため、感染防止に十分配慮しながら治療者にはカウンセリング的なコ ミュニケーション力が必須である。


Ⅳ おわりに
 理療に求められるのは、愁訴のみの治療に留まらず、より広い視点・全人的な 病態把握と治療である。姿勢や生活習慣を始め、食事や筋力、社会とのつながり、 ストレス状態などを把握し、明らかとなった課題に対応していくことによって、 QOL の向上・健康寿命の延伸に寄与できるのである。

《引用・参考文献》
1) 竹井 仁、正しく理想的な姿勢を取り戻す姿勢の教科書、ナツメ社、2018
2) 林 典雄、運動療法のための機能解剖学的触診技術下肢・体幹、メジカルビュ ー社、2012
3) John Gibbons、骨盤と仙腸関節の機能解剖‐骨盤帯を整えるリアラインアプ ローチ、医道の日本社、2019
4) 土屋 真人、スポーツ・健康作りの指導に役立つ姿勢と動きの「なぜ」がわか る本、秀和システム、2012



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