円回内筋に対する低周波鍼通電療法の検討~筋の走行と触察法の視点から~ 篠澤 正樹Ⅰ はじめに 円回内筋は、8筋ある前腕屈筋群のひとつで、肘関節の屈曲や前腕の回内を行 う。円回内筋症候群やテニス上級者に多いフォアハンドテニス肘(上腕骨内側上 顆炎)と関連するため、養成学校では理療臨床論や理療臨床実習などで学習する。 円回内筋に関係する経穴としては、孔最や少海(手の少陰心経)が知られている。 本稿では、筋の走行と簡便な触察法に焦点をあて、再現性のある低周波鍼通電 療法について検討した。検討した内容は次のとおりである。 1 図、模型、体表面における筋の走行 2 理療治療を意識した仰臥位での触察法 3 筋腹と刺鍼部位 Ⅱ 円回内筋 1 概要 上腕骨内側上顆(上腕頭・浅頭)と尺骨鈎状突起(尺骨頭・深頭)から起始し て、橈骨円回内筋粗面に停止する。2つの起始と1つの停止は、ほぼ一直線に並 ぶ。前腕の回内と肘関節の屈曲作用を持ち、正中神経に支配される。(写真1)。 上腕骨内側上顆から起始した円回内筋は、外下方に斜走し、橈骨円回内筋粗 面に停止して、前腕に回内をもたらす。円回内筋は斜走する際に内縁となり、 外縁となる腕橈骨筋とともに肘窩を構成し、体表面で凹みとして観察できる。 回内の運動は、方形回内筋が主に働き、さらに強い運動を必要とする場合に円 回内筋が加わる。他にも、橈側手根屈筋や長掌筋などが前腕の回内に関与し、隣 接する橈側手根屈筋や浅指屈筋、上腕二頭筋と筋連結がある。肘関節の外反負荷 には、動的な stabilizer として制動する。(写真2) 2 臨床との接点 円回内筋の両頭間や浅指屈筋起始部の腱性アーチ部などで、正中神経が絞扼 される神経麻痺を円回内筋症候群と呼ぶ。 投球障害肘で最も多い内側型は、加速期における過度な外反負荷が原因で生 じる。圧痛は、前腕屈筋群の中で円回内筋が最も強い。 3 触察 検証の結果、患者が座位の時に肘関節を屈曲させ、患者の回内に抵抗をかけて 筋を触察する方法が、最も簡単に円回内筋の触知が可能であった。回内時、肩関 節の内旋作用が除外できるためだと思われる。 本項では、理療治療を意識した仰臥位での触察法について検討する。 1.筋の位置 上腕骨内側上顆から起始する筋のうち、前腕前面の上半分では、円回内筋や橈 側手根屈筋、長掌筋、尺側手根屈筋の4筋が浅層に位置する。橈側から尺側に向 かってこの順で並ぶ。前腕の半分から手関節の間では、浅指屈筋が触知可能とな る。(写真3) 2.筋腹 円回内筋の筋腹は、起始付近では上腕二頭筋腱膜に、停止付近では腕橈骨筋に 覆われており、筋腹の中央 1/3 の領域のみが皮下に観察できる。肘窩を指で軽 く圧迫して尺側に移動させたとき、最初に触知できる筋腹が円回内筋の筋腹で ある。 筋の収縮は、前腕の回内・回外中間位から、さらに回内させたときに強く感じ られる。(写真4) 3.方法 ※患側を右とする。 ①検者は、患者をベッドに仰臥位で寝かせ、手掌を天井に向けさせる。 ②検者は、円回内筋が上腕骨内側上顆から、橈骨円回内筋粗面に向かって斜走し ていることをイメージする。(図1、写真5・6) ③検者は、左四指頭を肘窩の内縁にそろえて置き、ベッドの方向に軽く圧をかけ る。 ④検者は、軽く圧をかけたまま、左四指頭をゆっくり内・外側に振る。約 10~ 15mm 幅の円回内筋が確認できる。(写真7) 《触知がしづらい場合》 ⑤検者は、患者の右手の母指を天井に向けさせ、前腕の回内・回外中間位を取ら せる。 ⑥検者は、患者に右手掌をベッドに向けるように指示して回内させる。その際、 患者の右手関節を把持して、抵抗を加える。(図2、写真8・9、写真 10・11) ⑦それでも触知が困難な場合、回内によって起こる筋収縮を明確にさせる。 検者は、患者の回内運動に対して「力を入れて、抜いて」の指示を繰り返し、 筋の収縮に on-off を付ける。 Ⅲ 低周波鍼通電 1 鍼 セイリン、ディスポーザブル鍼 Jタイプ 寸3-3番 2 刺鍼 1.患者の肢位 仰臥位。右前腕の下にバスタオルを挟め、右肘関節を軽度屈曲させると、通電時の回内動作が確認しやすくなる。(写真12) 2.部位 肘窩の内縁で、前腕中央 1/3 の部。曲沢の下方 2寸を目安として触察する。 3.方向 鍼先を上腕骨内側上顆に向けた内上方斜刺 (写真 13) 4.深度 30mm 3 通電時の確認方法 検者は、患者の右手関節を軽く把持して回内を 確認する。その際、尺屈や橈屈、掌屈がないこと に留意する。 Ⅳ おわりに 令和3年度の地域研修講座は、「絞扼神経障害の診察と治療~胸郭出口症候 群・手根管症候群・梨状筋症候群を中心に~」というテーマであった。参考書等 で情報を収集している際、円回内筋症候群に目が留まった。私は円回内筋を目的 に筋パルスを実践したことがなく、自身の技術力の向上を図ろうと思ったのが、 今回の主題を設定したきっかけである。 本稿は、視覚障がいのある理療従事者を対象として執筆した。筋の走行のイメ ージと触察法に重点を置き、円回内筋に対する鍼通電療法の再現性を探究した。 理療師は患者の体を触って、その状態を確認する。特に筋は、視覚に障がいがな くても、皮膚に覆われているため体表からは目視できない。触察からの情報が、 その状態を把握するためのバロメーターになると私は思っている。 今回の報告が、視覚障がいのある理療業従事者の資質の向上と、本道における 理療教育の一助になればと思い、微力ながら本稿にこれを記す。 《引用・参考文献》 1) 伊藤 隆:解剖学講義 改訂2版、南山堂、2006 2) 河野 邦雄:人体の構造と機能 解剖学 第2版、医歯薬出版株式会社、 2012 3) 相磯 貞和:ネッター解剖学図譜 第2版、丸善株式会社、2001 4) 奈良 勲:触診解剖アトラス頸部・体幹・上肢、医学書院、2002 5) 青木 隆明:運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢、メジカルビュー社、2008 6) 鈴木 重行:ID 触診術、三輪書店、2006 7) 矢野 忠:図解 鍼灸療法技術ガイドⅠ、文光堂、2012 8) 中尾 浩之:(HP)Rehatora、https://rehatora.net 症例報告集へ戻る ホームへ戻る |