灸頭鍼を治療の選択肢のひとつとするために  古川 直樹


Ⅰ はじめに
 専攻科の学習では、鍼灸手技療法の基本技術とともに、現在行われている様々 な治療法についても紹介している。その中でも鍼実技の授業で行っている灸頭 鍼は、鍼治療と灸治療を複合し、治療効果の高い施術として紹介している。しか し、見えない、見えにくい場合には施術がしにくく、また火傷のリスクが大きい ことから、実際の治療の中では行われる機会はほぼないのが実情である。
 今年度から理療研修センターに所属し、治療を行っていくなかで、特に冷えに より症状が増悪する症例を経験した。その際、筆者が過去に似た症例で灸頭鍼を 行い、患者から好意的な反応が得られたことを思い出した。そこで、灸頭鍼を実 施したところ、同様の反応が得られた。
 灸頭鍼は、これまで指導や自身が行う治療ではほとんど実践していなかった が、その良さをあらためて実感した。今後の生徒指導や治療法のひとつとして活 用したいと考え、灸頭鍼について、自身の施術方法とともにまとめることとした。

Ⅱ 灸頭鍼について
 灸頭鍼は、刺入した鍼の鍼柄に艾球を取り付け、燃焼させることにより治療効 果を期待する特殊鍼法のひとつである。鍼による機械的刺激と、灸による温熱刺 激を同時に生体に与えることができ、治療効果が高いとされている。温熱刺激は、 輻射熱と鍼体を介した伝導熱によるものであるが、ほとんどは輻射熱であり、伝 導熱は少ない。
 灸頭鍼については広く知られてはいるが、施術に時間がかかることや、火傷の リスクが大きいこと、視覚障がいのある施術者には行いにくいことなどから、施 術には熟練した技術が必要とされ、臨床応用は比較的少ないと言われている。

1 歴史
 灸頭鍼は、1575 年に李梃が編纂した『医学入門』にその起源がみられる。そ こには、斜刺した長鍼の鍼柄に艾を細く付着させ、燃焼させる方法が記載されて いた。
 その後、昭和初期頃に笹川智興氏や田中昭三氏を中心に実践され、多くの患者 の治療を行った。さらに赤羽幸兵衛氏、柳谷素霊氏、西沢道充氏らによって普及 した。特に赤羽氏の著書『灸頭針法』は灸頭鍼の名が広く知られるきっかけとな った。
笹川式・田中式 (1) 笹川式
  斜刺した長鍼に少量の艾を付着さ せて燃焼させる方法。古来の鍼を踏 まえ、伝導熱を主目的としていた。
(2) 田中式
 直刺した毫鍼の鍼柄に丸い艾球を 付着させて燃焼させる方法。輻射熱 を主目的としていた。現代ではこち らの方法が主流となっている。
2 使用する道具
 (1) 鍼
 鍼柄まで全てステンレス製の毫鍼で、場所に応じて1寸~2寸を使用する。艾 球の重さでたわまないようにするため、太さは3番(0.20mm)以上のものを使用 する。
(2) 艾
 艾は灸頭鍼用艾(中級から上級)のものを使用する。粗雑な艾は燃焼中に割れ て落下する恐れがある。その他、棒灸等を円柱状に切った艾や、炭化艾を使用す る方法もある。着火は線香、マッチ、ライター等を使用する。
(3) その他
 様々な形の灸頭鍼専用キャップも販売されており、艾の落下を防ぐとともに、 刺激量を調整することができる。また、キャップや灰の除去のための特殊なスプ ーンやピンセット、熱さを調整するための綿花や厚紙、布等を使用する。

3 効果と適応
1.効果の概要
 灸頭鍼以外にも、置鍼中の赤外線照射などの温熱を与える方法はあるが、灸頭 鍼の方がより治療点に対して集中的に大きな熱量を与えることができる。刺鍼 点での艾球の燃焼による持続的な熱が、皮膚表面だけではなく、伝導熱の作用も 加わり深部(皮下組織)まで温めることができ、燃焼後も温かさが持続する。こ れらの刺激により筋の弛緩、血流増加、冷えの改善、深部硬結の緩解などを期待 することができる。そのため、主に慢性疾患が対象となる。
 田中博氏は、灸頭鍼後、刺激部位の皮膚温は施術前皮膚温に比べ約3℃上昇し、 治療後 30 分経過しても約 1 度高い状態であると報告している。また、患者の言葉から、自覚的にも熱感が持続していたと報告している。
 患者によって病態や感受性の違いがあるため、艾の量や皮膚との距離を調整 することにより、刺激量を変化させて治療を行う必要があると考えられる。
 なお、通常の鍼灸治療を行っても頑固に痛む場合、切り札として、耐えられる 限界あたりまで加熱する方法も行われている。

2.東洋医学的な視点から
 通常の刺鍼や施灸は刺激としては小さく、気血を動かすことは可能であるが、 気血を補うことは困難といわれている。一方、灸頭鍼の場合、刺鍼による響きと 温かく強い輻射熱により気血を動かす通絡作用と、持続的で温和な輻射熱によ り気血を補う温補作用の両方が期待できる施術と捉えることができる。
 原則として温かさを補うので補法となるが、発汗するほど温めれば瀉法とな る。また、灸によって温められた鍼により、寒湿の邪を除去する瀉法ともなる。
 これらのことから、補法と瀉法を同時に行える平補平瀉法のひとつとして考 えることができる。特に寒邪が要因となる寒証(四肢厥冷、寒がり、軟便、冷痛 など)や、神経痛、あるいは痰湿の病証によるこりなどに対して有効と考えられ る。冷えと陥下があり、その深部に押すと心地よい(喜按)硬結が存在する場合 は灸頭鍼が非常に効果的と考えられる。主に慢性的な症状が治療対象となる。

3.適応疾患
 基本的には寒による停滞、気血の虚、慢性的な痛みに広く適応する。筋、神経 に対する局所治療だけでなく、経絡治療においても有効である。
 灸頭鍼により治療効果が期待できる疾患として、肩こり、五十肩、頭重、緊張 型頭痛、外傷性頸部症候群、慢性腰痛、ヘルニア、梨状筋症候群、変形性膝関節 症、神経痛、顔面神経麻痺、排尿障害、月経困難症、更年期障害、冷え性、喘息、 慢性胃炎、リウマチ、過敏性腸症候群、不妊など多岐にわたり挙げられている。

4 施術方法
 灸頭鍼法の基本的な手順は次の通りである。
(1) 刺入:灸頭鍼用の鍼を治療穴に直刺で刺入する。
(2) 艾の装着:鍼柄に艾球を慎重に装着し、燃焼時の危険がないか確認する。
(3) 点火:確実に艾に着火するよう、火傷に気を付けて点火する。
(4) 灰の除去:艾球が完全に消火したことを確認し、灰を除去する。
(5) 抜鍼:灰の除去後、綿花等で鍼柄をつまみ、静かに抜鍼する。

1.刺入
 筋緊張や冷え、硬結などの反応点、筋の厚い部位などを取穴し、直刺となるよ う刺鍼する。その際、皮膚と艾球との距離は約 2.5cm を基本とするが、患者が気持ちのよい熱感を感じられる距離を踏まえ、適当な深さで留める。できるだけ筋 内に鍼が到達できるような鍼の長さを選択する。
 背腰部への施術の際には、側臥位で行うことで灰の落下による火傷のリスク を低減させる方法もある。
 また、小さな綿花等を支えとして、斜刺の状態で行う方法もあるが、実施のた めには経験を積む必要がある。

2.艾の装着
 通常の艾を使用する場合は、直径が約 1.8cm(0.5g)程度を目安にやや固く丸 める。形は基本的に球状で、皮膚側を底面とした円錐状にする場合もある。
 装着の仕方は2通りあり、艾球を縦に半分に割り、鍼柄を両側から挟みこむよ うに行う方法と、鍼を押さえながら鍼柄の上から差し込む方法がある。
 通常の艾の代用として炭化艾を用いたものもあり、こちらは燃焼時の臭いや 煙がほとんどないため行いやすいが、着火しにくかったり、灰が落ちやすいとい う点に留意する必要がある。
 なお、鍼柄からの艾球の落下を予防するため、灸頭鍼用のキャップや切艾を使 用する場合もある。キャップを使用する場合は、その分重くなるため鍼のたわみ や揺れが起こりやすくなることと、熱刺激がやや弱くなるため艾球の大きさや 回数を工夫する。
 艾を装着したら、皮膚と艾球の距離や鍼のたわみの状態を確認する。たわんで いる場合は艾球を装着し直すか、場合によっては刺鍼し直した方がよい。

3.点火
 点火は線香やマッチ、ライターなどを使用する。点火部位は艾球の下からと上 からの方法がある。下からでは着火直後、皮膚温が上がる前から熱く感じる。上 からでは皮膚温も熱感もゆっくりと増加する。両者の到達する皮膚表面温度は 同程度である。
 脚など、鍼が床面に平行になっている場合は、床面側からつけると下半分が先 に灰になって軽くなり、上部の重みで艾球が回転する可能性がある。それによっ て艾球が崩れる可能性があるので、側面から燃焼させる。

4.灰の除去
 灰は専用のスプーンや濡れた綿花で挟んで取り去る。その際、艾球の中心部や 鍼柄は高温の場合があるため、直接触れないように気を付けて行う。
 その後、刺鍼点周囲の状態を確認する。ほどよく温まったり、弾力が出ている と治療効果が期待できるが、まだ冷えが強い場合などは、最大5壮を目安に壮数 を重ねる。新たに艾球を装着する際にも鍼柄に触れないよう注意する。濡れた綿 花で一度鍼柄をつまみ、冷やす方法もある。

5.抜鍼
 灰の除去を行った後、ピンセットや濡れた綿花等で鍼柄をつまみ、静かに抜鍼 する。冷めていれば直接手で行ってもよい。
 なお、一般的な鍼治療に比べて出血する場合が多いので、出血予防として押手 の圧をやや強くし、ゆっくりと鍼を抜き、直ちに刺鍼部を押手でしばらく圧迫す る。
 補法を意識する場合は、皮下までゆっくり引き上げ、皮下まで到達したら素早 く抜く。さらに鍼孔をすばやく押手で閉じる方法を行う。

5 欠点・注意点
1.燃焼中に煙が大量に出る 大きな艾球を複数燃焼させることが多く、換気を行っていても部屋の空気を 汚してしまう。患者本人や他の患者・スタッフにとっては息苦しく、不快感につ ながる場合もある。また、呼吸器系が弱い場合、咳き込んだり、喘息の発作を誘 発する可能性もある。しかし近年、煙のでない炭化艾が販売されている。こちら はわずかな衝撃でも欠けやすいこと、値段が高いことが欠点として挙げられる。

2.施術者はベッドサイドで注意深く見守る必要がある
 通常の施術でも基本的には患者のそばを離れず、見守る必要があるが、灸頭鍼 の場合は艾球の落下や輻射熱の強さの管理を厳密に行い、火傷の予防に努める 必要があるため、より注意深く見守る必要がある。
 直径2cm の艾球の表面温度は、500℃近くまで上昇すると言われており、患者 の感受性や皮膚の状態、皮膚と艾球の距離によっては輻射熱でも皮膚温が高温 となる場合がある。
 施術中は目を離さず、患者の反応や手背での皮膚温の確認、発赤の状態に注意 し、患者への声かけも徹底する。「熱いけど気持ちがいい」という感覚を得られ るようにする。同時に艾球の落下にも気を付ける。着火前に鍼を少し揺らし、艾 球が落ちにくいことを確認してもよい。
 熱感が強くなり、痛みを感じるようであれば、厚紙や綿花、燃えにくいフェル ト、アルミホイルなどの介在物を入れて熱を遮断する。
 艾球の燃焼時間は艾の量や質によって異なるが、文献によると2分 30 秒程度 とされている(炭化艾では計測すると約4分)。艾の場合は煙が消え、表面全体 が黒くなる頃に熱感が最も強くなり、その後1、2分ぐらいは穏やかな熱感を感 じる。熱感が落ち着いてきたら灰の除去を行う。
 一方、炭化艾の場合は煙がほとんどないため、熱感やあらかじめ計っておいた 時間を目安に除去の判断をする。

3.皮膚から艾球までの距離をある程度保つ必要がある。
 適切な熱刺激のため、皮膚と艾球の距離を 2.5cm 程度にする必要がある。使 用する鍼の長さによっては、刺鍼が浅すぎたり深すぎたりすることもあり、狙い たい部位に鍼を留められない場合も想定される。

4.鍼がたわまないように、使用する鍼や刺し方が制限される
 艾球の重さにより鍼がたわむと、皮膚との距離が近くなりすぎたり、燃焼中に 艾球や鍼の動きが起こったりして火傷の危険性が高くなる。そのため、基本的に 直刺で刺鍼することになる。また、ある程度太い鍼を使用する必要がある。

Ⅲ 症例
1 主訴
 左殿部の痛み

2 患者概要
 61 歳 女性

3 病歴
 主訴は左腰殿部の痛み。増悪すると左大腿外側、膝、下腿前面まで痛みを感じ るようになる。股関節外側、前面の痛みを感じることもある。
 長く座っていたり、体が冷えることで増悪し、ホットパックや温湿布などで局 所を温めると軽快する。そのため、自宅でもつらいときにはよく温めるようにし ているが、冷えるとすぐつらくなってしまう。しびれは感じない。

1.他覚所見
(1) 筋緊張・圧痛
 筋緊張は脊柱起立筋、多裂筋、大腿四頭筋、中殿筋、梨状筋、大腿筋膜張筋、 腸脛靱帯、前脛骨筋など、その日によって緊張部が変化する。また、圧痛につい ては大腸兪、殿点、環跳、秩辺などにみられた。
(2) その他
 身長 160cm、体重 53kg。腰椎の平低化があり、以前腰痛の際に整形外科で MRI を撮影し、下部腰椎が潰れていると言われている。糖尿病の持病があるが、病状 は安定している。手足の冷えは少しあるが、そこまでつらくない。

4 経過
 1.治療法
(1) 当初の治療法ラック灸の装着
 来所した際の症状のある部位に応じて置鍼、低周波鍼通電療法(パルス)を行 った。鍼は胃兪、腎兪、大腸兪、中殿筋、梨状筋硬結部等を中心に置鍼し、パル スは大腿筋膜張筋、中殿筋、梨状筋などの筋収縮がみられるような強さで1Hz、 15 分行った。
 併せて強い頸肩こりも感じていたため、 風池、肩外兪、肩甲間部の経穴などへの置 鍼も行った。
 鍼はセイリン製 JSP タイプのディスポー ザブル鍼で、腰殿部は3番、頸肩部は1番 を使用した。
(2) 灸頭鍼
ア 使用道具
鍼:セイリン製Mタイプディスポーザブル 鍼(寸6―3)施術部位
艾:セイリン製ラック灸(写真1)
点火器具:TOKAI 製チャッカマン(ともしび: ソフト着火タイプ)
イ 施術の仕方
 左右大腸兪、左(秩辺、中殿筋部)の4か 所を基本に、その日の硬結・圧痛部位に応じ て位置を調整し、各部位1壮ずつ行った(写 真2)。
 各部位への刺鍼後、ラック灸を装着した。 ラック灸はキャップ付きで鍼への着脱がし やすいこと、煙が出ない炭化艾であること、 準備、片付けが簡便であることが利点であ る。
 できるだけ底面に火が届くよう着火した (写真3)。使用したチャッカマンは、昨今 のライター類に比べ、着火時に必要な力が 弱く、着火状態を維持しやすいため採用し た。点火時には刺鍼点周囲に綿花を敷き、点 火後はその位置を変えながら熱感の調節を 行った(写真4)。
 ラック灸は約4分で燃え、その後3分ほ どそのまま余熱を与え、その後綿花を使用 してキャップ及び鍼を介して慎重につまん でそれぞれ除去した(写真5)。着火

2.治療法の変更について
 この患者は、慢性的な腰から左殿部の痛 み及び左下肢への放散痛を感じていた。問 診・触察を通して、腰部起立筋、多裂筋、大 腿筋膜張筋、中殿筋、梨状筋の緊張緩和を治 療目的とした。
 当初はパルスを行っていたが、患者との 会話の中で温めると症状が軽快し、冷えて くると増悪するという話題がよく出てい た。筋緊張緩和と深部までしっかり温める ことができる治療法について検討した。学 生時代に経験した症例で、同様に冷えると 増悪するという腰殿部痛の患者に対し、灸 頭鍼を行うことで緩解したこともあり、灸 頭鍼が有効ではないかと考えた。
 これまで行ってこなかった治療法ではあ ったが、症状と冷えとの関連から実践して みることとした。
熱量の調節
3.施術後の変化
 施術に際しては、火傷を起こさないように細心の注意を払って行った。燃焼中 から「熱が入っていく感じがする」と言っており、心地よい熱感を感じている様 子であった。
 施術後には「深いところまで温まった感じがする」という感想を得られ、症状 の軽快がみられた。そのまま 40 分程度全身のあん摩施術を行ったが、終了時で も殿部の熱感は弱くなっているものの、持続している様子であった。
 次の治療時にその後の様子について確認すると、帰宅後も温かさが持続した そうであった。自宅でもホットパック等で温めているが、すぐに冷えてしまう。 一方、灸頭鍼では温かさが長く持続するとのことであった。
 また、以前行っていたパルス治療では、適度な筋収縮で行っているが、帰宅後 に少しだるくなるため、灸頭鍼の方が好ましい様子であった。
 その後、臨床休業による影響から、継続的な治療は行えていないため、継続的 な治療による変化はまだみることができていない。ラック灸の除去

Ⅳ おわりに
 今回、慢性的な腰殿部の痛みがあり、冷えの状態によって症状が大きく変化す る症例をきっかけに、灸頭鍼を実践する機会を得た。これまで行っていなかった こともあり、慣れないなかでの施術であったが、患者の反応もよく、効果を実感 することができた。今後も継続し、その効果の検証や技術向上に務めていきたい と考えている。

  
《引用・参考文献》
1) 赤羽 幸兵衛著:灸頭針法、1971
2)  田中 博著:灸頭針についての研究 第1報 日鍼灸誌 22 巻3号 p9-14、 1973
3)  鈴木 信 他著:役立つ使える鍼灸鍼法、医道の日本社、2006
4)  藤井 正道著:灸法実践マニュアル、BABJAPAN、2009
5) 矢野 忠編集主幹:鍼灸療法技術ガイドⅠ、文光堂、2012
6) 北出 利勝、篠原昭二編集:特殊鍼灸テキスト、医歯薬出版株式会社 、2014
7) 宮川 浩也著:温灸読本、医道の日本社、2014



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