下肢末梢神経障害に対する理療治療の一症例  吉村 篤


Ⅰ はじめに
 下肢のしびれや放散痛の症状については、鑑別に必要な各種検査法やデルマトームに基づき脊髄高位を考察し治療部位を求める機会は多く、臨床現場でも腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症などの診断を受けていたり、梨状筋症候群による坐骨神経の絞扼症状などはなじみがあると思われる。今般、人工股関節置換術後に下肢(主に下腿)の末梢神経障害が残った患者を術後1年6か月経過時点から2年間継続して担当した。  本稿では患者のQOL向上を目的に理療治療をしてきた経過と、治療中に気付いたことを報告する。

Ⅱ 患者概要
 1 主訴
  全身の筋肉や関節の痛み、全身倦怠感

 2 病歴
 初診日の2か月以上前から続く全身の激しい痛みと倦怠感。痛みの程度は変化するが、重度の時には娘に頬を触れられても反射的に振り払ってしまうほど。痛みは釘をしきつめたベッドに寝かされて上から押さえつけられているような、ナイフで切りつけられているような激しいもの。頭部では頭蓋内で血管がひっぱられるような頭痛を感じることもある。痛みが激しいときは家族や友人に四肢や体幹を踏んでもらっている。
 近隣であん摩施術を受けたが、強い施術をリクエストし、頚部も強くもんでもらって1週間程もみかえしの症状があった。
 日常生活は、家族で札幌市郊外の山間部にある果樹園を経営しており、冬季は積雪の中、木製の重いはしごを運びながら樹木の剪定作業を行っている。朝9時前から夕方暗くなるまで、昼食もあまり摂らず屋外で作業することが多い。

 3 自覚症状
 主訴の他、頭痛、強度の便秘、起床時の胃のむかつき

 4 他覚症状
 圧痛は頚部、肩上部、背部、腰部、上肢、下肢のほぼ全身に存在。患者からは押されて痛くない所がないとの訴え。
 筋の過緊張も頚部(頭半棘筋、板状筋、肩甲挙筋、胸鎖乳突筋)、肩上部(僧帽筋上部線維、菱形筋)、背腰殿部(脊柱起立筋、中殿筋)、上肢(上腕二頭筋、前腕の屈筋群と伸筋群)、下腿(特に前脛骨筋)など広範囲にわたる。

 5 患者プロフィール
 42歳の女性。身長158cm、体重60kg、血圧121/70mmHg、心拍数74回/分

 6 既往症
 40歳で耳の手術を受けたときに鼻粘膜も切除。今年(42歳)は逆流性食道炎と診断され服薬中。
 
Ⅲ 治療経過
 1 初診時(積雪の時期)
 初診での問診に時間もかかったため、全身症状の確認を兼ね全身のあん摩を行った。軽めの母指圧迫でも阿是穴のような「そこが痛い」という反応が随所にみられた。
  1.治療中の原因の考察
 医療機関受診にて検査結果に異常がないことを確認したため、日常の重労働からくる筋肉痛と疲労の蓄積が原因と考えた。疼痛発生部位は骨格筋および筋膜や関節周囲の可能性が高いものと考えた。全身性の症状であり、部位を特定する目的の理学検査は行わなかった。

  2.アドバイス
 治療中の患者との会話から、日常生活の改善点をいくつか提案した。なお、本人は中央アジア出身のため、宗教上の理由も含め、平均的な日本人の生活習慣と異なる点もあった。
  (1)食事について
 宗教上の理由で日中食べない期間がある。食欲にはムラがあり、食べたいときとあまり食べたくないときがあり差が大きい。一日の中では朝食や昼食はあまりとらず、夕食の量が多いとのことであった。氷点下の屋外での長時間労働をしており、朝食を軽くても必ず摂り、就寝2時間前以降はあまり食べないことを提案した。

  (2)入浴
 入浴の習慣はなくシャワーが中心。また深く湯船に入ると動悸がでるとのこと。シャワーでは十分に体を温める効果は期待しづらいことを説明し、動悸を回避する方法としてぬるめの半身浴を提案した。

  (3)施術の強度について
 本人は強い施術を求めるが、特に頚部についてはもみかえしの経験もあることから、持続圧迫中心の施術にすることを説明し同意を得た。

 2 2回目と3回目の治療について
 初診から20日後に2回目、その8日後に3回目の治療を行ったあと、本国に帰省したため治療中断。2回目までの間にアドバイスを実践して効果を実感していた。食事については朝食を軽めにとり、夜遅く食べるのを控えてみたところ、朝の飲水時の吐き気が消失したとのこと。また家族の協力も得て半身浴をしてみたところ、来日後は生活面でずっと緊張が続いていたがリラックスできた実感があるとのことであった。痛みは2回目の受診3~4日前に激しい痛みがあったが、受診当日はピークを過ぎていた。それでも全身に圧痛点がある状態に大きな変化はなかった。
 圧痛が顕著な天柱、風池、肩井、肩甲挙筋、手三里、志室、外大腸兪、足三里へ置鍼を追加した。ただし灸については鼻粘膜切除の影響と思われるが、煙で鼻閉症状が出現するため行わないこととした。
 また、線維筋痛症に随伴しやすい症状を確認したところ、ドライマウス、朝の離床困難(目が覚めても布団から起き上がるまで時間がかかり、夫に引き起こしてもらうこともある)、かゆみなどもあった。

Ⅳ 線維筋痛症について
 1 概要
 「線維筋痛症診療ガイドライン2013」によると、線維筋痛症は、原因不明の全身的慢性疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律神経系の症状を随伴症状とする病気である。近年ドライアイ、ドライマウス、逆流性食道炎などの粘膜系の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散し、この疼痛発症機序のひとつには下行性痛覚制御経路の障害があると考えられている。
 患者の年齢別分布については、受診時に40代~50代が多く、いわゆる働き盛りの女性に多いことが特徴である。長期間にわたる激しい痛みのため生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的に大きな問題を招いているにもかかわらず、本邦では進行例が多いことやその臨床像の複雑さもあり、病名はもとより診療体制の整備が遅れているとともに患者やその家族、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落している。その要因は客観的な診断のマーカーが欠如しているうえ、疼痛以外の多彩な症状が、どうしても従来のいわゆる疾患分類のアルゴリズムでは解明することができないことや、自律神経系機能異常を示唆する精神・神経面での症状が前面に出ている症例もかなりみられることにある。
 臨床経過については、長期にわたって持続し、回復が困難な難治性の病態である。発症から1~2年は安定した状態で経過し、回復・軽快するとされているが、それ以後の経過が必ずしもよくない。本邦症例の検討では、生命予後はまったく良好であるが、1年間の経過で治癒はわずか1.5%しかなく、51.9%が何らかの症状の改善がみられるのみで、37.2%は病状に変化なく経過し、2.6%が悪化していた。すなわち多くが発症時と同様の症状を示しながら経過している。

 2 診断基準
  1.1990年発表の米国リウマチ学会(以下「ACR」という。)の分類基準
  (1)広範囲にわたる疼痛の病歴
   定義:広範囲とは、右・左半身、上・下半身、体幹部(頸椎、前胸部、胸椎、腰椎)

  (2)指を用いた触診により、18箇所の圧痛点のうち11箇所以上に疼痛を認める。
定義:両側後頭部、頸椎下方部、僧帽筋上縁部、棘上筋、第二肋骨、肘外側上顆、殿部、大転子部、膝関節部
指を用いた触診は4kg/cm2の圧力で実施(術者の爪が白くなる程度)
   圧痛点の判定:疼痛に対する訴え(言葉、行動)を認める。
   判定:広範囲な疼痛が3か月以上持続し、上記の両基準を満たす場合。第2の疾患が存在してもよい。

   参考:18箇所の圧痛点部を経穴名に置き換える。
      ア.後頭部。後頭下筋の腱付着部:天柱
      イ.下部頚椎。第5から第7頚椎間の前方:扶突
      ウ.僧帽筋上縁の中央:肩井
      エ.棘上筋。肩甲棘の内側上部:肩膠
      オ.第二肋骨。第二肋骨と肋軟骨の結合部。結合部のすぐ外側:神蔵
      カ.外側上顆。上顆から2cm遠位:手三里
      キ.殿部。殿部の4半上外側部:胞肓
      ク.大転子。大転子突起の後部:環跳
      ケ.膝。内側ややふっくらした部分:血海

  2.ACRの予備診断基準(2010)
   前記分類基準から診断基準として提唱された。内容は次のとおり。
   以下の3項目で構成される。
(1)定義化された慢性疼痛の広がり(widespread pain index:WPI:広範囲疼痛指数)が一定以上あり、かつ臨床症候重症度(symptom severity:SS)スコアが一定以上あること。
   (2)臨床症候が診断時と同じレベルで3か月間は持続すること。
   (3)慢性疼痛を説明できる他の疾患がないこと。
   この3項目を満たす場合に線維筋痛症と診断できるものとする。

 疼痛の部位は、肩甲帯部、左右上腕、左右前腕、左右殿部、左右下腿部、左右顎関節部、背部、腰部、頚部、胸部、腹部である。
 臨床症候重症度の評価は疲労、倦怠感、起床時不快感、認知障害の有無であり、項目について程度により0~3のスコア化を行って、0~9で点数化される。
 身体症候には筋肉痛、過敏性腸症候群、疲労、倦怠感、問題解決や記銘力障害、筋力低下、頭痛、胃痙攣様腹痛、しびれ、耳鳴、めまい、不眠、抑うつ気分、便秘、上腹部痛、嘔気、嘔吐、神経質、胸痛、視力障害、眩しさ、下痢、発熱、口腔乾燥、眼乾燥、掻痒、喘鳴、レイノー現象、皮疹、じんましん、胸焼け、口腔障害、湿疹、けいれん、呼吸苦、食欲低下、光線過敏(日光過敏)、難聴、紫斑(出血傾向)、脱毛、頻尿、排尿痛、膀胱けいれんがあり、これらの臨床症候の保有数によりスコア化する。(0~3点)
 以上の臨床症候の評価でWPI(疼痛拡大指標)が7以上かつSS(臨床症候重症度)が5以上の場合、あるいはWPIが3~6でかつSSRが9以上の場合に2.3.を満たせば線維筋痛症と診断される。

 3 鑑別が必要な疾患
 リウマチ性疾患(関節リウマチやシェーグレン症候群など)、整形外科的疾患、心療内科的疾患、神経内科的疾患、精神疾患などとの鑑別が必要になる。

 4 線維筋痛症の治療について
  1.医学的アプローチの概要
   薬物療法と非薬物療法を組み合わせて行われる。
  (1)薬物療法
 痛みをコントロールすることを目的とする。
 主に使用される薬剤は、神経障害性疼痛治療薬(プレガバリンなど)、抗うつ薬(デュロキセチンなど)抗けいれん薬、特殊な頭痛薬、漢方薬などである。

  (2)非薬物療法
 運動療法、リハビリテーション、認知行動療法、心理療法などが行われる。運動療法の具体例として、筋肉に負担をかけないようにし、家事などの後に10分間の休憩を入れること、有酸素運動として散歩やラジオ体操を行うことなどがある。

  2.鍼灸治療の例
  (1)経筋症ととらえる治療法
 黄帝内経素問・霊枢による十二経筋に基づく治療法が紹介されている。刺鍼、刺絡、火鍼による治療が紹介されているが、そのうち刺鍼治療について記載する。
    ア.骨格筋症状に対して
 症状は筋肉と関節の痛み、硬直感と機能障害。
 頚背部、四肢の経筋病巣(圧痛硬結)に刺針する。経脈としては督脈、膀胱経、胆経、小腸経などが障害されることが多い。
 最も重要な治療点は患者の指摘する阿是穴である。後頚部の風池、大椎、天柱から大杼までの夾脊穴の経筋病巣、肩井、肩甲骨に付着する僧帽筋、棘上筋、棘下筋の経筋病巣、特に天宗、膏肓など症例によっては脊柱起立筋、腰殿部、下肢にも及ぶことがある。
 上肢には肩中兪、肩外兪、曲垣、天宗、臑兪、肩貞に圧痛硬結を認めることが多い。

    イ.肝気うっ結に対して
 治療方針は、疏肝解うつ、温陽通絡であり、病態として肝うつ犯脾を伴うことも多い。取穴は、大椎、期門、太衝、陽陵泉、四神聡、膻中。吐き気があるときは内関、肩井などを用いる。

    ウ.下痢、食欲不振などの消化器症状、冷え症に対して
     腹瀉点(奇穴:陰陵泉の下方5寸)と足三里を用いる。

    エ.ドライアイがある時
     主治穴は人中と太陽、攅竹。

  (2)東洋医学的アプローチの例
 東洋医学的所見から、治則を疏肝健脾とした例。
 百会、合谷、太白、脾兪への温灸を基本治療法とし、二週間に一度治療。治療日の疼痛箇所に鍼治療を追加した例がある。

  (3)痛みに対する鍼通電療法の例
 両側の足三里と陽陵泉、合谷と手三里へ4Hz・15分間の鍼通電と、圧痛が著明な部位最大6箇所への置鍼による治療の例がある。

Ⅴ まとめ
 本患者は線維筋痛症の診断を受けておらず、類似疾患の可能性もあるが、QOLの向上のために何ができるかを第一に考えた。
 1 患者対応で感じたこと
 「全身の痛み」が主訴であり、鎮痛を最も優先順位が高い治療目的とした。ただし疼痛部位すべてを治療対象とすることは非現実的であり、戸惑ったのが実情である。幸い我々の治療は医療機関での医師との面談時間に比べ、患者と話す時間が長く、また患者の体に触れて治療することが最大の特徴だろう。本件でも問診開始直後は訴えたいことが多く、話が途切れなかったが、圧痛点を確認するため母指圧迫していくと、阿是穴のような反応がみられると同時に、痛い所が分かってもらえるという期待につながり、徐々に落ち着いていった印象を受けた。
 また、日常生活における重労働や精神的な負担があることも分かり、治療だけでなく、ストレス解消の方策を考え実行してもらうことの必要性も感じた。治療により痛み軽減の実感が得られることも重要であるが、患者への共感が心理的なサポートとなり安心感につながったように感じた。

 2 理療師としてできること
 本邦の線維筋痛症の推定患者数は人口の1.7%、約200万人であるが、診断がついているのは年間4千人という報告がある。患者が全身に激しい痛みの自覚症状があっても、医療機関で実施された各種検査結果で異常はない、とだけ告げられる状況におかれたとき、絶望感を抱くであろうことは容易に想像できる。
 理療師の立場で診断を下すことはできないが、「線維筋痛症」という病気の存在を認識し、患者の表現する多彩な病態を確認し、必要に応じ専門医の受診を勧めることも必要になろう。我々は患者の訴える症状を的確に把握し、疼痛や随伴症状の軽減に向けた治療をどのような方法で行うかを考え実行することが大切だろう。
 線維筋痛症は現代医学でも治療法が確立していないが、今後医療機関に広く病名と病態が浸透したとき、薬物治療に加え理療治療に鎮痛効果が期待できることが共通認識となるよう治験の蓄積が望まれる。現状では一部積極的に対処している所もあるが、全国的に潜在している患者が、薬物治療と理療治療によりQOL向上につながることを期待する。

《引用・参考文献》
1.日本線維筋痛症学会編、線維筋痛症診療ガイドライン2013
2.岡寛、NPO法人日本繊維筋痛症友の会監修、全身を激しい痛みが襲う繊維筋痛症がよくわかる本、株式会社講談社発行、2016年第2版
3.西田皓一著、繊維筋痛症は針灸治療で治せる、株式会社たにぐち書店発行、2013年第2刷
4.きょうの健康、NHK出版、2017年1月号
5.医道の日本、医道の日本社、第736号(平成17年2月号)
6.医道の日本、医道の日本社、第775号(平成20年4月号)


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