梨状筋刺鍼法の比較研究  鈴木 敏弘


Ⅰ はじめに
 腰痛は二足歩行する人類にとって主要な愁訴の一つであり、84%の人が腰痛を一生のうちに経験するといわれている。毎年行われる厚労省の国民生活基礎調査のデータによると、入院者を含まない腰痛の有訴率は約8.5%で、男女ともに高い愁訴となっている。中でも、坐骨神経が原因となる病態は非常に多く、同部へのアプローチが不可欠になっている。
 しかし、坐骨神経は深部に存在すること、神経の走行に個人差があることなどから、刺激に際して困難さを感じている人も少なくない。坐骨神経に刺鍼する前段階として梨状筋刺鍼を確実に習得する必要がある。それは梨状筋の深部に坐骨神経が存在していて、筋の部位や形態、梨状筋下孔部の理解が必要になるからである。
 そこで本研究では、梨状筋刺鍼法に焦点を絞り、部位を確実に見て、触って、確認できる刺鍼法について研究する。

Ⅱ 梨状筋とは
 1 解剖
 梨状筋は、仙骨前面から起始し、大転子上内縁に停止する。股関節の外旋に作用し、支配神経は仙骨神経叢の枝である。
 梨状筋は、大坐骨孔を貫き、梨状筋上孔からは上殿動静脈・神経が、梨状筋下孔からは下殿動静脈・神経、内陰部動静脈、後大腿皮神経、陰部神経、坐骨神経が出ている。また、梨状筋上にある経穴(奇穴を含む)として、小腸兪、膀胱兪、中膂兪、白環兪、殿圧、胞肓、秩辺、環跳などがある。

 2 病態
  1.梨状筋症候群
 坐骨神経が梨状筋下孔を通過する部位で、梨状筋により圧迫や絞扼を受けて発症するものを梨状筋症候群としている。
 原因は、腱部による圧迫、解剖学的破格構造の有無(90%が梨状筋下孔を通過するが、それ以外は筋腹を貫くか、梨状筋上孔を通過する。)、運動負荷、腫瘍(ガングリオン)などがある。

  2.症状
 殿部痛および下肢への放散痛やしびれ(腓骨神経領域の障害が多い)。
 腓骨神経領域の障害では、下腿外側から足背にかけて疼痛異常感覚が生じる。運動では足関節の背屈と足指伸展力減弱から下垂足となり鶏歩となる。第1・2指間の知覚障害が強い場合は深腓骨神経麻痺の方が重度である。

  3.検査
  (1)股関節内旋で梨状筋を伸展すると、殿部あるいは下肢に疼痛が出現する。
  (2)梨状筋部に著明な圧痛が出現する。
  (3)ラセーグ徴候は著明ではなく、中殿筋の筋力は正常である。
  (4)梨状筋症候群では、次の徒手検査で陽性を示す。
ペーステスト:股関節外転・外旋力の低下および抵抗運動で殿部または下肢に疼痛が誘発される。
     フライバーグテスト:股関節屈曲・内旋位で殿部または下肢に疼痛が誘発される。
ビーティー誘発テスト:側臥位で患肢を上にし、股関節を屈曲し膝をベッド上に置き、その姿位から膝を挙上させたときに殿部または下肢に疼痛が誘発される。

 3 梨状筋刺鍼法
  1.体表面上の刺鍼点
  (1)刺鍼点1(参考書籍1.より引用)
 上後腸骨棘外下点と大転子上内縁を結んだ線上に中点をとる。この中点より垂直線を引き、上記の線より2~3㎝下方を刺鍼点とする(殿圧)。

  (2)刺鍼点2(参考書籍2.より引用)
    梨状筋筋腹の中点で、圧迫すると深部に圧痛が発症する点とする。
  (参考)
 梨状筋刺鍼をする上で、筋の位置と形態を知ることが必要になる。以下に示す点や直線をイメージすると、刺鍼の参考になる。
    梨状筋上縁:上後腸骨棘外下点から大転子上内縁(a-b)
    上後腸骨棘外下点から尾骨先端:(a-c)
    梨状筋下縁(d-b):(a-c)の中点(d)から大転子上内縁(b)
    梨状筋筋腹(e-b):下後腸骨棘点(e)から大転子上内縁(b)
※後述の研修講座では、上記の内容を基に全身の骨格模型に梨状筋の形状を黒い紐で、筋腹は赤いタコ糸で呈示した。

  2.使用鍼の選択と注意点
 姿勢は、腹臥位あるいは側臥位とする。使用する鍼は2寸(60㎜)から3寸(90㎜)で、3番(0.20㎜)以上を用い、刺鍼方向は皮膚面に直刺とする。刺入深度は得気をもって最適深度とするが、梨状筋の下縁を深刺すれば、鍼尖が坐骨神経に当たるので放散痛が生じる。
 梨状筋下縁には坐骨神経が走行しているため、粗暴な鍼操作は神経を傷つけるおそれがあるので、慎重な刺入が必要である。

Ⅲ 研究方法
 1 研究概要
 参考にした書籍からは、梨状筋刺鍼をするうえで2種類の方法が示唆された。臨床上、梨状筋刺鍼を正確にすることは極めて重要なことであり、ここでは2種類の刺鍼法について比較検討する。
  (1)目的
    梨状筋刺鍼に最適な体表面上の刺鍼点と刺鍼法を検証する。

  (2)対象
    患者2名と被験者(本校専攻科教職員)7名。

  (3)確認方法
 梨状筋に刺鍼し、1Hzで鍼通電刺激をする。股関節の外旋運動がなされているかを確認した。

  (4)使用鍼
 セイリン製Gタイプ3寸(90mm)5番・2寸5分(75mm)5番、Jタイプ2寸(60mm)3番、寸6(50mm)3番(不関導子用)。患者及び被験者の体格に応じて使い分ける。

  (5)方法
 患者には刺鍼法1と刺鍼法2の両方を、被験者には刺鍼法2のみ用いた。また、被験者の左右両側には1回ずつ刺鍼し、梨状筋に2本の場合と、梨状筋に1本と不関導子(反対側の大腸兪)の場合の刺鍼法も比較した。

  (6)刺鍼法
刺鍼法1:前述に示した点を刺鍼点A、それより大転子上内縁に向かい3cm外方の点を刺鍼点Bと定める。上後腸骨棘点から大転子上内縁までタコ糸を用いて中点を決定した。
刺鍼点Aには3寸または2寸5分の鍼を皮膚面に直刺で、刺鍼点Bには2寸の鍼をベッド面に直刺とした。
刺鍼法2:前述の刺鍼点Aから応用して、下後腸骨棘点から大転子上内縁に刺手側の中指と拇指をそれぞれ当てる。この線上が梨状筋筋腹に相当するため、この線上に押手側の示指で下後腸骨棘から2横指(4cm)の外方の点に刺鍼点Cを、下後腸骨棘から1横指(2cm)の外方の点(中膂兪付近)に刺鍼点Dを定める。
刺鍼点Cには3寸または2寸5分の鍼を皮膚面に直刺で、刺鍼点Dには2寸5分または2寸の鍼をベッド面に直刺とした。

 2 プロフィール
  1.症例1
   年齢と性別:61歳 男
   身長と体重:173㎝、65㎏
   主訴:左殿部の痛み
   評価:梨状筋症候群
背景と現病歴:仕事柄、重い荷物を持ち上げることが多い。20年間程マラソンをしていて、年に2回程フルマラソンの大会に出場している。
主訴は2年程前から出現していて、座位時に違和感があり、患側に体重をかけると増悪する。下肢への痛みや放散痛はない。
   自覚:マラソンをした直後に主訴が増悪する。殿部の張り感もある。
   他覚(患側左のみ記載)
   筋過緊張:中殿筋、梨状筋、大腿二頭筋
   圧痛・硬結:殿点、殿圧、白環兪、秩辺
   徒手検査:ビーティー誘発テスト陽性
経過(殿部の症状のみ記載):殿部の痛みが出現してから計35回の施術をした。15回目までは刺鍼法1を、16回目以降は刺鍼法2を用いた。
冬期にはマラソン練習の走行距離が短くなるものの、それ以降のシーズンでは週末になると15km程度の練習をしている。また、大会に備えて練習をするが、その直後になると症状が誘発される。施術直後は軽快するものの、走行距離が伸びると症状が再発する。
   施術法:梨状筋パルス 1Hz 15分

  2.症例2
   年齢と性別:76歳 女
   身長と体重:159cm、55kg
   主訴:腰殿部の痛み
   評価:変形性腰椎症
現病歴:主訴は20年程前から出現していた。今年の6月下旬、4時間程度座り続けたときから、右殿部の痛みを感じるようになった。増悪すると右大腿部後面にも痛みが出現する。
   自覚:立ちっぱなしやしゃがむ姿勢で、主訴は増悪する。
   他覚(患側右のみ記載)
   筋過緊張:腰部多裂筋・起立筋、梨状筋、大腿二頭筋
   圧痛・硬結:三焦兪、腎兪、気海兪、大腸兪、殿圧、白環兪、秩辺
   徒手検査:ボンネットテスト陽性
経過(殿部の症状のみ記載):殿部の痛みが出現してから計14回の施術をした。5回目までは刺鍼法1を、6回目以降は刺鍼法2を用いた。
 本患者は、通院や趣味の詩吟等で長時間の座位が多く、また家庭内でしゃがむ姿勢で清掃等をするため、殿部への負担が多くなっている。大部分、施術後3~4日間は痛みが軽快しているが、それ以降になると再発してしまう。
   施術法:梨状筋パルス:1Hz 10分

  3.被験者のプロフィール
   ※体格と用いた鍼の長さの関連から、身長、体重、性差、使用した鍼を記載する。
   A:168cm、74kg、男、3寸と2寸5分
   B:169cm、70kg、男、3寸と2寸5分
   C:178cm、90kg、男、3寸と2寸5分
   D:179cm、101kg、男、3寸と2寸5分
   E:171cm、56kg、男、2寸5分と2寸
   F:182cm、60kg、男、2寸5分と2寸
   G:149cm、50kg、女、2寸5分と2寸

Ⅳ 結果
 症例患者では、施術前期には刺鍼法1を、後期には刺鍼法2を用いた。刺鍼法を変えた理由は、患側下肢の外旋運動が十分に観察されず、対象となる梨状筋に刺鍼されていないように感じたためである。前期では大部分が大殿筋と中殿筋の攣縮が主であったが、時々梨状筋も観察された。後期では大部分が梨状筋の攣縮であった。
 被験者では梨状筋に2本刺鍼した場合と梨状筋に1本、不関導子に1本の場合の筋攣縮を比較した。いずれも梨状筋の攣縮が観察されたが、大部分において2本では強い攣縮が、1本では中等度の攣縮であった。ただ、Fの右側で2本では攣縮が弱く、1本では強いという逆の結果であった。Eの場合は攣縮が弱かったため、股関節を内旋させて伸張反射を誘発させて確認した。
 梨状筋の攣縮を観察すると、上縁は上後腸骨棘点から大転子上内縁、下縁は仙骨裂孔のやや上方から大転子上内縁までであった。性差でみた梨状筋の走行の角度は、正中線に対して男性は鋭角であり、女性は水平に近い鈍角であった。また、梨状筋の浅層には大殿筋があり、電流量を上げていくと最初に大殿筋全体に、次いで梨状筋の攣縮がみられ、下肢全体が外旋するダイナミックな運動が観察された。
 刺鍼感覚では、いずれも大殿筋では柔らかく、梨状筋では硬く、両者の境目が感じられる程であった。

Ⅴ 考察
 1 2種類の刺鍼法の比較
 刺鍼法1では、梨状筋刺鍼が確実にできたとは判断できなかった。それに対し、刺鍼法2ではいずれも梨状筋刺鍼ができたと判断できる。その理由は、梨状筋の形態が三角形に類似していて、起始部が広く停止部が狭いという特徴にある。この特徴により、起始部に近い部位に2本刺鍼すると確実に筋をとらえることにつながったためと考えられる。

 2 患者
 刺鍼法1の刺鍼点Bは、梨状筋停止部に近いため筋線維に刺鍼できる可能性が低く、刺鍼できても大部分が大殿筋に電流が流れてしまう可能性が高いと考えられる。また、刺鍼点Aでは解剖学の見地から大殿筋の他に、中殿筋や梨状筋上孔部に刺鍼した可能性も考えられる。

 3 被験者
 梨状筋を十分に攣縮させるためには、2本の関導子を同名筋に刺鍼することが必要である。ただ、Fの右側で、2本では攣縮が弱く1本では強い結果であったが、これは浅層にある大殿筋組織に2本とも電流が流れてしまい、梨状筋よりも大殿筋の攣縮が強かったのではないかと考えられる。

 4 その他
 対象の筋に刺鍼できていることを確認するには、鍼通電刺激が最適であり、その際起始や停止部を見て、触って、確認できるため、とても有効な手段と感じた。また、梨状筋の攣縮からは筋の形態を観察することができたが、ほぼ参考書籍2.に示されたものと一致していることが確認できた。
 鍼通電療法は、刺激量を定量化でき、比較検討しやすいため、臨床上とても有効であると感じた。

Ⅵ 課題
 梨状筋の走行の角度は骨盤の形態に関連していて、仙骨では男性は縦が長く横幅が短い、女性は縦が短く横幅が広い特徴がある。また、女性の骨盤は広く外方に広がり、浅いことも挙げられる。そのため、性差の特徴を理解しておく必要がある。
 刺鍼法1ではタコ糸を用い、刺鍼法2では自分の手を用いて寸法を測定した。タコ糸では正確に等分することが可能であるが、常に持参していないこと、消毒の問題などが上げられる。そのため、自分の手を活用した触察法を身に付けることが大切である。
 梨状筋と大殿筋の攣縮は異なるため、停止部での確認、筋全体の触察、下肢の運動方向などを参考に、鑑別する力を養うことも大切である。
 本研究では、刺鍼点を含めた刺鍼法について記載してきたが、最適な深度については触れなかった。仙骨の模型(第2後仙骨孔辺り)を観察すると、仙骨の厚さは約3cm程であり、皮下から大殿筋層、梨状筋層を考えると刺鍼法2の刺鍼点Dでの部位では最低2寸(60mm)以上が必要と考えられる。今後は最適深度について検証していきたい。

Ⅶ おわりに
 本書での内容は、去る平成29年12月16・17日に開催された第2回臨床講座Ⅰ「坐骨神経痛へのアプローチ」の研修講座での内容を一部紹介したものである。講座に参加した受講者からは、大転子の取り方が上内縁ではなく、上外縁で取っていたとの意見があり、それであれば本稿で紹介した刺鍼法からは大分ずれることになる。その理由は、骨格模型では大転子上内縁と上外縁とでは38mm程の開きがあり、刺鍼点が外側にずれてしまうからである。そのため、今回の刺鍼法を紹介できたことはとても有意義であったと感じている。
 坐骨神経痛を感じている患者は多いと思うが、私がみている患者では梨状筋に問題を抱えている方が圧倒的に多いと感じる。梨状筋刺鍼は困難さが多く敬遠されやすい方法かもしれないが、本稿で紹介した刺鍼法2を是非試していただければ、それほど難しい刺鍼法ではないと感じるであろう。誰もが簡単にできる方法について今後も紹介していきたい。梨状筋のイメージが持てたら、次の段階は坐骨神経刺鍼法の習得に進んで頂きたい。


《引用・参考文献》
1.最新鍼灸治療学~神経系疾患:木下晴都著 医道の日本社 1993
2.図解鍼灸療法技術ガイド~鍼灸臨床の場で必ず役立つ実践のすべて第1巻:矢野忠編集主幹 文光堂 2012
3.図解鍼灸療法技術ガイド~鍼灸臨床の場で必ず役立つ実践のすべて第2巻:矢野忠編集主幹 文光堂 2012
4.鍼灸経穴辞典:李丁天津中医学院編 浅川要他訳 東洋学術出版社 1987


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