頸椎症の諸症状に対する理療治療  羽立 祐人


Ⅰ はじめに
 頸部は頭蓋と胸椎との間を介在し、7個の頸椎、6個の椎間板、8対の椎間関節により連結されている。また頸椎は微細な運動が要求されるため、腰椎とは異なり強靱な靱帯や筋組織が少ない。加えて上肢帯が懸垂し、僧帽筋や肩甲挙筋などが頸椎後方に付着しているため、弯曲異常をきたしやすい。
 頸椎症とは、頸椎の加齢変化により、椎間板の変性、椎間関節やルシュカ関節の変形性関節症・骨棘形成などが原因となり、疼痛や神経症状を呈したものの総称である。頸椎症性変化は頸椎の椎間関節で最も可動域の大きい第5/6頸椎間に最も多く、次いで第6/7頸椎間、第4/5頸椎間に多い。


Ⅱ 頸椎症の実際
 1 症状、診断
  頸椎症は、その臨床症状から局所症状型、神経根症型、脊髄症型の3つに分類される。
 (1)局所症状型
 主に後頸部・肩上部・肩甲間部にこりや痛みと運動制限がみられ、ジャクソンテストやスパーリングテストといった頸椎負荷テストで自覚症状が増強され、後頸部・肩上部・肩甲間部に痛みが放散することも多い。頭痛がみられることもある。

 (2)神経根症型
 神経根症型は、後頸部や肩甲骨部への疼痛、上肢への放散痛が特徴であるが、圧迫を受けた神経根によって発現する症状は異なる。頸部痛、上肢(腕)痛の部位、手指のしびれ、筋力低下、腱反射低下などを参考にして障害神経根を診断することが可能である。(表1参照)
 また、これらの症状は、ジャクソンテスト、スパーリングテスト、イートンテストにより症状が再現・増強されることが多い。

 (3)脊髄症型
 脊髄症型は、片側の手指しびれ感で発症し、次第に反対側の手指、下肢へとしびれ感は拡大し、その後、歩行がおぼつかなくなり、手指の巧緻性が低下するのが典型的な経過である。初発症状として認められるのは、手指のしびれは64%、歩行障害が16%であるとの報告もあり、注意すべき所見である。
 ジャクソンテスト、スパーリングテスト、イートンテストは陰性である。腱反射亢進、病的反射出現、クローヌスがみられる。
 脊髄症型では、神経根ではなく、脊髄が圧迫・障害されるため、障害された髄節の腱反射は低下し、障害髄節より下位では上位運動ニューロンの障害を反映し、腱反射が亢進する。(表2参照)

 表1「神経根障害と高位診断」

C5
C6
C7
C8
背部痛
肩甲上部
肩甲上部
肩甲骨部
肩甲間部
肩甲骨部
肩甲間部
上肢(腕)痛
上腕外側
上腕外側
上肢後側
上肢内側
手指のしびれ
なし
母指
中指
小指
筋力低下
三角筋
上腕二頭筋
上腕三頭筋
手内在筋
腱反射低下
上腕二頭筋
上腕二頭筋
上腕三頭筋
上腕三頭筋

表2「頸髄障害と高位の判断」

C3/C4
C4/C5
C5/C6
腱反射
上腕二頭筋腱反射亢進
100%
上腕二頭筋腱反射低下
63%
上腕三頭筋腱反射低下
85%
筋力低下
三角筋筋力低下
83%
上腕二頭筋筋力低下
71%
上腕三頭筋筋力低下
79%
知覚障害
上肢全面
手部全面
前腕内側から手部内側

 2 整形外科的治療法
 (1)保存的治療法
 保存的治療法には、薬物療法(消炎鎮痛薬、ビタミンB12、筋弛緩薬、抗不安薬、プロスタグランジン製剤、ステロイドなど)、頸椎牽引療法、装具療法(頸椎カラー)、日常生活における生活指導などがある。
 牽引療法は、外来において一般的に行われているが、その治療効果に確固たるエビデンスがないため、賛否両論がある。牽引療法により神経症状悪化の報告もあり、治療には慎重にならなければならない。
 頸椎カラーは、神経根症型では椎間孔を、脊髄症型では脊柱管を拡大位に保つことを目的としている。そのため、頸椎カラー固定時は頸椎前屈位が望ましい。頸椎伸展位での頸椎カラー固定は、椎間孔容積を減少させ、神経根や脊髄を圧迫し、神経症状の悪化や頸神経後枝、大後頭神経領域の疼痛を誘発させることがあるため、注意を要する。
 神経根症型の多くは、これらの保存的療法で症状が改善するが、脊髄症型に対する保存的療法には、その治療効果に限界がある。保存的療法に抵抗を示す症例では、手術療法を考慮しなければならない。手術療法の適応は、ADLにどの程度影響しているかが、根拠となる。

 (2)手術療法
 脊髄症型では、圧迫された脊髄を除圧する目的で脊柱管拡大術が行われる。手術法は大きく分けると前方除圧法と後方除圧法とがある。
 調査によると脊髄症型で保存療法を行った症例150のうち、約半数の症例において、手術に移行したとの報告があることから、脊髄症型は保存療法に対し抵抗を示し、将来的には手術が必要になると言える。脊髄症型の症状を疑う患者が来院した際は、脊椎脊髄病の専門医のいる医療機関に紹介すべきであろう。このように我々理療師も一般的な整形外科的治療法について、理解しておく必要がある。


Ⅲ 症例報告
 1 患者
  48歳 男性、事務職

 2 主訴
  頸から肩にかけての痛み、後頭部の痛み

 3 現病歴
 主訴は以前から感じており、思い当たる原因はない。デスクワークや趣味の楽器演奏により増悪し、時折、頭痛や上肢の痛みもみられる。治療院で鍼やマッサージ治療を受けたことがあるが、症状の改善には至らなかった。

 4 自覚症状
  症状は、頸から肩に感じている。初回は特に上項線に強く感じていた。主訴の他、腰痛がある。

 5 他覚症状
  アライメント:頸椎前弯減少
  筋緊張:頭半棘筋、板状筋、頸最長筋、肩甲挙筋、橈側手根伸筋
  ジャクソンテストにより左上肢に放散痛(左三角筋から上腕三頭筋のエリア)

 6 測定値
  身長169cm、体重54kg
  血圧119/79、脈拍59回/分

 7 既往歴、家族歴
  特記事項無し

 8 病態考察
 本症例は医療機関での画像診断がないものの、初回の臨床症状、理学的検査所見から頸椎症の局所症状型と思われる。
  頸肩部のこりや痛みは、デスクワークによる不良姿勢や楽器の演奏による無理な姿勢がきっかけとなり、頭半棘筋、板状筋、後頭下筋群などの後頸部の筋が持続的に緊張し、それが症状として出現したと思われる。また、後頸部の持続的緊張は、椎骨動脈の循環動態にも影響を及ぼし、頭痛を引き起こすともいわれている。
  頭痛や上肢への放散痛(しびれ)は、不良姿勢により頸椎の生理的前弯が減少し、頭部の重みが椎間関節やルシュカ関節に加わることで骨棘が形成され、それが大後頭神経や脊髄神経後枝を刺激することで起こったものと推察される。手指末梢のしびれはないことから、頸椎椎間板ヘルニアの可能性は低いと思われる。

 9 経過
 治療は初回8月30日から12月6日までに全6回実施した。初回からの主な所見、主訴に対しての鍼治療は、以下のとおりである。
 【自覚症状】
 初回から5回目までは、頸肩部のこりの他、頭痛や上肢・上肢帯への放散痛、前腕後側は張り感があった。
 6回目では、頭痛や上肢への放散痛は消失し、頸肩部や前腕のこりのみとなった。

 【他覚症状】
  筋緊張:頭半棘筋、板状筋、頸最長筋、肩甲挙筋、橈側手根伸筋
  初回から5回目は、ジャクソンテスト陽性であった。
  6回目では、後頸部の筋は全般的に筋緊張が緩和され、ジャクソンテスト陰性であった。

 【治療法】
  1・2回目:低周波鍼通電:左(天柱ー風池)1Hz 15分
        置鍼:左(C4/C5とC5/C6の直側)、右(天柱、風池)

  3・4回目:低周波鍼通電:左(天柱ー風池、C4/C5ーC5/C6)1Hz 15分
        置鍼:右(天柱、風池)

  5回目:低周波鍼通電:左(天柱ー風池、天宗ー肩貞)1Hz 15分
      置鍼:右(天柱、風池)

  6回目:置鍼:天柱、風池
 
 10 治療考察
 全ての治療で行っている後頸部筋への低周波鍼通電療法により、筋緊張の緩和とともに血行促進により発痛物質が除去され、後頸部の痛みやこりが軽快したと思われる。また、通電刺激は、痛みの閾値を上げる効果もあり、痛みによる「負のスパイラル」を断ち切ったことで症状が改善したとも推察される。
 天柱や風池への刺鍼は、環椎後頭関節の動きに関与している頭半棘筋や板状筋、後頭下筋群の筋緊張を緩和させ、可動域を改善させることで、代償的に起こっていた頸椎前弯減少を軽減させる効果もあったと思われる。


Ⅳ まとめ
 頸椎症の患者と遭遇した場合、理療治療による効果が期待できるか否かを判断することが最も重要となる。前述したように本症例のように局所症状型や神経根症型では治療により、症状を改善させる見込みが十分にあるが、進行した脊髄症型では、理療治療に対しても抵抗を示す可能性が大きいことから医療機関での適切な処置が望ましいと考える。


《引用・参考文献》
1 松野丈夫、中村利孝 「標準整形外科学改訂第12版」 医学書院 2015
2 松平浩、竹下克志 「英国医師会腰痛・頸部痛ガイド」 医道の日本社 2013
3 伊藤和憲 「はじめてのトリガーポイント鍼治療」 医道の日本社 2009
4 「医道の日本」 医道の日本社 2013.2
5 「医道の日本」 医道の日本社 2016.3
6 「医道の日本」 医道の日本社 2017.2


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