腰部脊柱管狭窄症と診断された患者に対する理療治療の一症例 蛯谷 英樹Ⅰ はじめに 画像所見等で原因のはっきりしている特異性腰痛は全腰痛の約15%で、その4分の1程度が腰部脊柱管狭窄症とされて
いる。腰部脊柱管狭窄症は、高齢者に好発する疾患であって、高齢化の進行する日本において、その罹患率は増加の一途をたどっている。特に、70歳以上の高
齢者の50%が罹患するとの報告もあり、我々理療の現場でも腰部脊柱管狭窄症と診断された患者を治療する場面が増えてくることが考えられる。
Ⅱ 脊柱管狭窄症とは 1 概念 脊柱管内を走行している神経組織(馬尾、神経根)と周辺組織(骨あるいは軟部組織)との相互関係が何らかの原因で破綻し、神経症状が惹起される状態をいう。
1.先天性(発育性)脊柱管狭窄相互関係破綻の主な原因は、神経組織に対する周辺組織の機械的圧迫である。腰部脊柱管狭窄症には様々な疾患や病態が混在している。したがって腰部脊柱菅 狭窄症は一つの疾患単位とするよりも、種々の腰椎疾患に見られる一つの病態として把握しておくのが適当である。この病態の分類には国際分類が広く普及して いる。 脊柱管が正常よりも狭く成長したため生じた狭窄。特に軟骨無形成症の狭窄が代表的なもの。
2.後天性脊柱管狭窄 (1)変性脊柱管狭窄 患者のほとんどがこの原因による。変形性脊椎症による狭窄は男性に多く、多椎間に認められるのが普通である。一方、変性すべり症による狭窄は女性に多く、多くはL4・5間に生じる。
(2)合併狭窄 先天性(発育性)脊柱管狭窄と変性脊柱管狭窄が合併したり、変性脊柱管狭窄に椎間板ヘルニアを合併する場合をいう。
(3)医原性脊柱管狭窄 腰椎疾患に対し、かつて受けた椎弓切除や脊椎後方固定術のあとに脊柱管が狭窄し症状が惹起されている病態。
(4)外傷後の脊柱管狭窄 過伸展損傷などにより発症した骨折、あるいは脱臼骨折ののち、一定期間後に神経圧迫症状を呈することがある。
(5)その他 骨パジェット病など 2 症状 腰部脊柱管狭窄症では、腰痛はあまり強くなく、安静にしている時にはほとんど症状はないが、背筋を伸ばして立っていたり歩いたりすると、下肢にしびれや痛みが出て歩行障害が現れる。
1.神経性間欠跛行 最も特徴的な症状。神経性間欠跛行は、歩行により出現する自覚症状と他覚所見から、馬尾型、神経根型、そして混合型の三群に大別できる。この神経性間欠跛行は姿勢要素があることが特徴である。体幹を屈曲する、しゃがみ込むことにより、下肢に出現した症状が速やかに消失して再び歩き始めることが可能となる特徴から、特に閉塞性動脈硬化症による下肢痛(血管性間欠跛行)との鑑別に重要である。
(1)馬尾性間欠跛行 自覚症状は、両下肢、殿部、および会陰部の異常感覚が特徴である。その内容は、下肢脱力感、しびれ、灼熱感、ほてりといった愁訴が多い。残尿感や尿意切迫感に代表される膀胱直腸障害を伴っていることがある。しかし、疼痛は訴えない。他覚所見は多根性障害を呈する。アキレス腱反射が安静時に消失している症例が多い。たとえ、安静時に認められる症例でも、歩行により消失することが多い。
(2)神経根性間欠跛行 自覚症状は下肢や殿部の疼痛が特徴である。片側性の疼痛を訴えることが多いが、両側性の疼痛を呈する症例も存在する。神経学的所見は一般には単根性障害を呈する。
表1 腰部脊柱管狭窄症による神経性間欠跛行の機能的分類
3 診断 1.診断基準 「腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011」では、実際の臨床所見をもとにした下記診断基準を提唱している。
表2 腰部脊柱管狭窄症の診断基準(案)
2.腰部脊柱管狭窄症診断サポートツール 日本の多施設研究から、日常診療の場で入手できる情報を用いて、治療の必要な腰部脊柱管狭窄症の患者を選び出す腰部脊柱管狭窄症診断サポートツールが開発された。「腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011」においても本サポートツールはエビデンスをもって有用とされている(GRADE B)。本サポートツールの内容は理療臨床の現場でも確認可能な内容であるため、専門医への受診や治療方針策定の一助になる。
表3 腰部脊柱管狭窄症診断サポートツール
該当するものをチェックし、割りあてられたスコアを合計する。合計点数が7点以上の場合は、腰部脊柱管狭窄症である可能性が高い。
※ABI(ankle brachial pressure index):足関節上腕血圧比(足関節最高血圧/上腕最高血圧[左右の高い方]、正常範囲1.0~1.4) ※ATR(Achilles tendon reflex):アキレス腱反射 4 医学的治療 神経障害形式により自然経過が異なる。馬尾障害は自然緩解傾向を認めにくい。一方、神経根障害は自然緩解傾向を有する。したがって手術の絶対的適応は原因疾患を問わず馬尾障害と保存療法無効な神経根障害である。相対的適応では患者の日常生活での不自由度や仕事上の支障の程度が問題となるので、自然経過を説明したうえで十分患者と検討し手術の適応を決定する。少数ではあるが馬尾型でも保存療法(腰部交感神経節ブロックなど)が奏功する場合がある。手術の術式は椎弓切除による後方除圧術を基本とし、加えて原因疾患や画像上の不安定性の有無により固定術を併用する。
1.保存療法 腰部脊柱管狭窄症の軽度または中等度の患者のうち、1/3 ないし1/2では自然経過でも良好な予後が期待できるとされている(GRADE B)。また、腰部脊柱管狭窄症の軽度または中等度の患者では、神経機能が急激に悪化することは稀である(GRADE B)。したがって、重度の患者を除いては、まず薬物療法やその他の保存療法を行うべきである。
2.手術療法 腰部脊柱管狭窄症に対する手術治療の長期成績は、4~5年の経過では総じて患者の70~80%において良好とされている。ただし、それ以上長期になると低下することがあるとも記載されている(GRADE C)。
「腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011」によると、手術治療成績に影響する因子に関して、次のエビデンスが挙げられている。手術適応と判断された患者において、罹患期間が長すぎると十分な改善を得られないことがある(GRADE B)。安静時にみられる下肢のしびれは消失しにくい(GRADE B)。術前にうつ状態があると成績が低下する(GRADE B)。これらのエビデンスは、手術予定の患者からインフォームドコンセントを得る際に参考になると思われる。 Ⅲ 症例報告 1 患者プロフィール 80代、女性 BMI:23.6 血圧:130/64mmHg 左、臥位 心拍数:72回/分 1.主訴 歩行時等の下肢の痛み 2.現病歴 主訴は、4月頃(初診3か月前)より下肢の痛みとして発症した。症状は常時ではないが、歩行や立位で出現するときがある。間欠跛行なし。整形外科にて脊柱管狭窄症と診断され、オパルモンを服用するが、あまり変化はないようである。
※オパルモン閉塞性血栓血管炎に伴う潰瘍、疼痛および冷感などの虚血性諸症状の改善、後天性の腰部脊柱管狭窄症に伴う自覚症状(下肢疼痛、下肢しびれ)および歩行能力の改善を目的に使用される。
3.自覚症状 主訴は、特に両大腿後面と左下腿外側の痛み(激痛の時もある)で、歩行・立位で出現するが間欠跛行はない。歩行中で楽になることもあれば、帰宅後に症状が出現する時もある。しびれはない。
主訴のほかに、左肩関節の運動制限(右に比べて指椎間距離が狭い)がある。 4.他覚症状 筋緊張:中殿筋、ハムストリングス(左>右)、左腓腹筋外側頭 大腿四頭筋(特に外側広筋)は委縮傾向。 5.既往歴 高血圧(ブロプレス、ノルバスク、フルイトラン服用) 6.家族歴 特記事項なし 2 所見 ケンプテスト陰性、知覚異常なし、腱反射正常 3 治療 1.治療方針 下肢に生じる痛みの軽減。 2.治療 (1)1回目 ①治療内容 ホットパック:腰 あん摩:殿下肢中心に全身(側臥位) ②直後効果 全体的な軽快感はあるが、当日下肢症状が出ていないため主訴の変化は確認できていない。 (2)2回目(1回目より10日後) 下肢症状はあまり変わらない。肩こりは楽になった。 ①治療内容 ホットパック:腰 あん摩:殿下肢中心に全身(側臥位) パイオネックス(鍼長0.6㎜) 左(足三里、腓骨後方2穴) (3)3回目(2回目より2週間後) 左下腿症状は軽快してきている。 昨日は3時間ほど立っていたので腰に痛みがある。 左下腿硬結も目立たなくなってきている。 ①治療内容 ホットパック:腰 あん摩:殿下肢中心に全身(側臥位) パイオネックス(鍼長0.6㎜) 左(足三里、腓骨後方2穴) (4)4回目(3回目より2週間後) 左下腿症状は軽快している。朝起きた時に大腿後面につっぱり感を感じることがあるが、少しすると楽になる。
①治療内容ホットパック:腰 あん摩:殿下肢中心に全身(側臥位) パイオネックス(鍼長0.6㎜) 左(足三里、腓骨後方2穴) 3 考察 当センター初診は整形外科にて腰部脊柱管狭窄症と診断されて3か月後。歩行・立位での症状の増悪がみられていたが、間欠跛行はみられない。また、自覚症状では疲労による症状の出現を示唆する所見もみられる。整形外科での診断と当センター初診時の評価の差異については、以下の点が考えられる。
①オパルモンの服用によって狭窄部の血流が改善され、症状は軽快していたが、下肢症状を示していた同部に筋緊張・硬結が発現し、症状・不快感が継続していたように自覚した。
②画像上の狭窄部での神経絞扼障害は無いか、わずかな状態であって、もともとあった下肢の筋緊張・硬結が症状を発現していた。
本症例においては、当センター来所時、腰部脊柱管狭窄症を示す所見に乏しく、神経絞扼障害はあっても微小であって、最大の原因は局所の筋緊張亢進にあったと考えられる。したがって、局所骨格筋(ハムストリングス、腓腹筋)への施術によって症状は軽快したと推察される。 Ⅳ おわりに 腰部脊柱管狭窄症は高齢者に好発し、高齢化が急速に進行している状況において、今後増加することが予測される病態である。腰部脊柱管狭窄症の主症状は下肢にあるが、そもそも、高齢者の下肢では筋力低下や変形性関節症などを呈しやすい状態でもある。また、腰部脊柱管狭窄症に起因する下肢症状がある場合でも、これに由来する逃避性跛行から局所の筋緊張亢進症状や神経絞扼障害を併発しても不思議ではない。腰部脊柱管狭窄症においても、他疾患との鑑別とともに、他の病態が併存していないかどうかを注意深く観察する必要がある。いずれにしても、局所に触れ、症状に寄り添い、広い観点で治療方針を立案することが重要となる。
《引用・参考文献》 1.松野丈夫、中村利孝編 標準整形外科学第12版 医学書院2014 2.稲毛一秀他 診療ガイドライン at a glance 腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011 日本内科学会雑誌105巻10号 2016
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