指圧による殿部痛に対する施術2症例  吉村 篤


Ⅰ はじめに
 これまでの臨床経験で、殿部に対する手技による施術では、表層の大殿筋はアプローチも容易で、硬結や筋の過緊張の部位も分かりやすく、他の部位と比較して強めの刺激も可能である。施術により硬結や筋の過緊張が緩和し柔軟性が回復すると、歩行の改善につながることが多く、患者満足度が高い部位と考えている。特に急性腰痛発症後数日の、まだ腰部に強い痛みがあるときに大殿筋に強い過緊張を認め、腰部は手技ができなくても殿部の過緊張を緩和すると翌日から体動が楽になることも経験している。同様に中殿筋も比較的浅層にあり、座位の時に足を組む人などで硬結や過緊張がみられることが多いと感じている。
 今回報告する殿部痛2症例では下肢への放散痛やしびれはなく、殿部の局所症状が主であった。
 1例は末梢神経絞扼障害の疑いがあり、もう1例は原因を特定できていないが、筋筋膜性の痛みと思われ、いずれも圧痛部位の押圧により症状は軽減した。発痛部位は表層ではなく深層組織と思われるが、指圧により症状が軽快することが確認できた。


Ⅱ 殿部の解剖(梨状筋付近)
 1 梨状筋上孔を通過するもの
  上殿動静脈と上殿神経

 2 梨状筋下孔を通過するもの
  坐骨神経、後大腿皮神経、下殿動静脈、下殿神経、内陰部動静脈と陰部神経


Ⅲ 症例報告
 1 症例1
  1.主訴 左殿部の痛み

  2.患者概要
   66歳 男性 自営業
   身長169cm、体重70kg
   血圧140/79mmHg 心拍数67回/分

  3.症状と経過
 左殿部痛が夜間もあり整形外科にてMRIやCT検査を受けたが原因がなかなか判明せず、3日前に筋肉が神経を絞扼しているためと診断がつき、筋を緩めるセルフケアとして仰臥位でテニスボールを患部に押し当てることを指導されている。実行してもうまくいかず効果を実感できない。
 なお、本人の話では長年服用していた降圧剤の副作用に筋が融けることについて最近医師から説明を聞いたばかりとのことであった。

   ア 自覚症状
全身的な筋力低下。肩こり、左殿部痛。頸部回旋や屈曲に伴う痛み(神経ブロック注射の影響)

   イ 他覚症状
    筋緊張:頭半棘筋、板状筋、脊柱起立筋
    圧痛:大殿筋、梨状筋

  4.施術内容と考察
  (1)施術内容
   ア 第1回目
 問診で医師よりセルフケアとしてテニスボールによる患部圧迫の指示があることをもって、指圧可能と判断した。理学検査で特段の陽性反応は得られなかったことから坐骨神経痛は除外した。発痛部位を確認するため右側臥位で仙骨下縁から仙骨外縁にかけての大殿筋起始部、腸骨稜後面の中殿筋起始部を指圧してもあまり特異な反応はみられなかった。次いで仙骨下部から大転子にむかう梨状筋の走行に沿って深く圧迫していくと、患者から「それが痛い」との反応が得られた。発痛部位を慎重に探るため、梨状筋の走行を意識してやや幅広に母指圧迫をおこなったところ、梨状筋上孔付近の部位で著明な圧痛を訴えた。この部位の深部を長めに母指圧迫し、その少し浅層を母指揉捏を加え、筋の硬さが柔らかくなった感覚で局所治療とし、あわせて全身あん摩を行った。

   イ 第2回以降
 前回治療後の経過を確認すると、左殿部痛は軽快。数日経過すると徐々に増悪すると回答。
 殿部痛に梨状筋の走行に沿った深部圧迫が有効と判断し、継続的に治療した。

  (2)考察
 本症例は梨状筋を意識した深部の圧迫による放散痛が出たときもその範囲は殿部に限局していたことから、梨状筋下孔から出る坐骨神経ではなく、梨状筋上孔から出る上殿神経の絞扼の可能性が高いと考えた。
 なお、この患者は当初施術内容として手技のみ施術同意を得ていたが、信頼関係構築後、別の指導員が鍼施術の同意を得て上殿神経や中殿筋や小殿筋の低周波鍼通電療法も行っている。

 2 症例2
  1.主訴 左殿部痛

  2.患者概要
   70歳 女性
   身長120cm、体重43kg
   血圧108/72mmHg
職業:障害者福祉団体で肢体不自由の方の歩行や車いすの補助をしている。以前は自宅で40年間和裁をしていた。

  3.症状と経過
 数週間前にぎっくり腰を起こし、湿布と鎮痛薬を服用していた。腰痛は気にならなくなったが、左殿部が痛い。自分ではどこが痛い部位なのかはっきりしない。いつも左側の肩、背中、殿部、ふくらはぎがつっぱる。通勤や仕事で歩くことも多い。一番辛いのが殿部で座ると床面にあたる付近。

  4.治療経過
   ア 1回目
 下肢のしびれや放散痛はなく理学検査や股関節の他動運動でも顕著な反応はみられなかった。右側臥位をとり母指で坐骨結節付近の深層を圧迫していくと、梨状筋の走行のやや下部で坐骨結節のやや上で「それが痛い」という反応があった。患者からは、これまで今回のように鮮明に発痛部位に達したことはなく、初めて痛い場所にあたったとのことであった。
 局所施術として圧痛部位の持続母指圧迫とやや浅層の部位の母指揉捏を行った。
 なお、他に頸肩部の置鍼と全身あん摩を行った。

   イ 2回目以降
 前回治療後翌日から日常生活において左殿部痛で悩まされることはなくなった。確認のため前回反応があった周囲を母指圧迫すると圧痛は再現されたが痛みの程度は軽減していた。完全治癒ではないが、発痛閾値の上昇(正常化)されたものと考え、局所施術は初回より軽めの刺激とした。
 以後月に二回程度来訪し、同様の施術をしている。

  5.考察
 殿部痛の原因の特定はできなかったが、部位から考えると外旋筋群のいずれかの筋と考えている。部位的に坐骨結節の上方であり坐骨神経の走行とはずれていると判断した。圧痛部を母指圧迫すると再現性はあり、殿部痛で日常生活に影響が出ることはなくなったことで、高い患者満足度を得ることができた。また本症例の患者はとても小柄なことも圧痛部到達には好都合であったが、反面部位の特定は難しくなる面もあった。治療者として結果は良好であったが原因の特定に至っていないことにやや歯がゆさは残っている。この患者は過去40年間、畳の上で和裁を長時間しており、その際の姿勢が特定部位に影響を与えた可能性も考えられる。

 3 結語
 自分の学生時代を振り返ると、殿部の施術も術式通りおこなうこととしか考えていなかった。臨床を通じて思いのほか症状があらわれやすく、筋の硬結や過緊張も柔軟性を回復できると効果を実感してもらえることが多かった。ただし、患者に不快感を与えないことが大前提であり、殿部施術の際は手根または母指頭を用い、母指以外の四指は骨のあたる部位か空中に浮かせるよう注意している。
 殿部痛で坐骨神経痛が除外できる場合、圧痛を訴える部位周辺の母指圧迫による痛覚閾値の正常化による痛みの軽減効果があることを経験できた。指圧時に阿是穴のような反応が得られたことから、トリガーポイント的な治療効果が得られたものと考えているが、圧迫時の顕著な反応が得られたことが重要だったと考えている。

《引用・参考文献》
 1)坂井建雄著 標準解剖学
 2)伊藤和憲著 はじめてのトリガーポイント鍼治療 医道の日本社 2009


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