股関節周囲症状に対する理療治療  鈴木 敏弘


Ⅰ はじめに
 股関節痛に悩む人は、全国で約400~50万人程いるとされていて、家族歴や既往歴から特に女性に多い症状といわれている。その痛みの原因が、骨や関節に由来するものなのか、または、関節周囲の軟部組織に由来するものかはなかなか病態として理解しにくく、治療をするうえで診察力が必要となってくる。
 そこで、本稿では股関節痛の診察、鍼療法では軟部組織を対象とした刺鍼法について症例報告を交えて報告する。


Ⅱ 股関節痛の診察
 1 診察の進め方
 股関節痛の診察にあたって、年齢、性別は最も重要な基本情報であり、既往歴、症状の発症時期、発症の状況、疼痛部位、疼痛の特徴、誘因などについて聴取することが大切である。

 2 問診
 股関節痛の病態理解のために、症状の発生状況と経過について聴取する。また、股関節痛は腰痛、腰下肢痛、大腿部痛、膝痛などと混在しやすいため、股関節疾患に起因した疼痛なのか股関節部以外の疾患によるのかを鑑別しなければならない。

  1.股関節痛
   ①性質
 痛みの性質(急性痛・慢性痛、安静時痛・運動時痛、間欠性・持続性)、種類、程度(強さ)、期間、局在部位、誘発動作などについて聴取する。
 時々感じる痛みや長時間の歩行後の痛みは股関節疾患の初期であり、この場合鍼灸治療の適用と考えられる。それが少しの歩行で痛みが発症したり夜間痛がみられる場合は医療機関の受診を勧める。
 痛みが非常に強い場合は転移性骨腫瘍や大腿骨頭壊死を疑い、股関節の屈伸に際して弾撥音が生じ痛みを伴う場合は弾撥股を疑う。

   ②関節包と痛みの関係
 股関節包は内側が閉鎖神経、前側が大腿神経、後側が坐骨神経によって支配されており、それぞれが支配する皮膚知覚神経領域に痛みを訴えることが少なくない。閉鎖神経は膝関節内側部、大腿神経は大腿部、坐骨神経は殿部へ痛みを訴えることが多い。

    ※股関節痛の部位(関節包の皮膚知覚神経)と疾患との関係
鼠径部(閉鎖神経):変形性股関節症と大腿骨頭壊死との鑑別
大腿部(大腿神経):前面の痛みは上部腰椎疾患、後面の痛みは下位腰椎疾患と股関節疾患との鑑別
腰殿部(坐骨神経):腰椎疾患との鑑別
膝関節:股関節の関連痛と膝疾患との鑑別
他の関節痛(膝・肩・手):多発性関節炎の疑い

  2.家族歴、既往歴
 乳幼児期の疾患や外傷の後遺症が原因で、二次性の変形性股関節症に進行することがある。また、骨軟骨の代謝性疾患、骨系統的疾患はしばしば股関節の形態異常を呈することがある。ステロイドの使用は、大腿骨頭壊死の原因になる。

 3 視診
  1.異常歩行
 股関節痛があると歩様(跛行、歩行周期、歩行リズム)に現れる。
 股関節原性の跛行は脚長差、中殿筋の筋力低下または機能不全、股関節拘縮、股関節の疼痛でみられる。歩行周期は遅くなり、健側に比較して患側の片足支持期は短くなる傾向がある(有痛性跛行、逃避性跛行)。

 4 触診
 触診は健側と患側を比較し、熱感、腫脹を確認する。
 背臥位では上前腸骨棘、腸骨稜、坐骨結節、大転子を、側臥位では大転子周囲を、腹臥位では坐骨結節、仙腸関節を確認する。
 軟部組織(特に筋)を触診し、萎縮の有無及び圧痛点とその局在性をみる。

 5 徒手検査
  1.関節可動域(ROM)
 股関節の病態や疼痛の程度を理解するためには非常に重要な検査である。自動運動と他動運動によるROMの計測を行い、可動域制限があるか、運動に際し股関節痛があるか、異常音が聴取されるかを確認する。
 ローゼルネラトン線:股関節屈曲45度で上前腸骨棘、大転子、坐骨結節が一直線となる。

  2.下肢長
 両側下肢を外旋・内旋中間位で下肢を伸展位にし、左右の上前腸骨棘から内果(棘果長)及び大転子から外果(転子果長)を計測する。
 股関節疾患(脱臼、大腿骨頭部の損傷、変形など)では一般的に患側が短縮するとされている。また、関節裂隙の狭小化がある場合も短縮が発症する。

  3.筋萎縮
 股関節疾患では中殿筋、小殿筋の筋萎縮がみられトレンデレンブルグ兆候が観察される。大腿部の筋萎縮の確認は膝蓋骨上縁から10㎝の周径を測定し左右を比較する。なお、長期にわたり股関節痛があると股関節周囲や大腿部の筋は非活動性萎縮(廃用性萎縮)を起こす。
※トレンデレンブルグ兆候
患側で起立させると反対側の骨盤が下がる現象をいう。中殿筋、小殿筋の股関節外転筋の機能障害(筋力低下、麻痺など)で陽性となる。

  4.各種検査法
   パトリックテスト:股関節及び仙腸関節周囲の軟部組織由来の疼痛を鑑別
   ニュートンテスト:仙腸関節及び前後仙腸靱帯などの軟部組織由来の疼痛を鑑別
   トーマステスト:股関節屈曲硬縮(主に腸腰筋)を鑑別
   FNS:上部腰椎神経根障害の鑑別
   SLR:下部腰椎神経根障害の鑑別
   エリーテスト:股関節屈曲硬縮(主に大腿直筋)を鑑別


Ⅲ 腸腰筋刺鍼法の検討
 股関節痛及び股関節周囲症状を訴える患者の中で、腸腰筋が問題となることが多いとされている。それは、先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全などの既往歴がある患者では、乳幼児期に腸腰筋やハムストリングスの短縮が多く、それを予防するために装具(リーメンビューゲル装具など)療法を受けることが多かったためと考えられる。その装具は、開排位(股関節屈曲・外転・外旋)をとるもので、脱臼を復整する目的で用いられている。

 1.目的
 腸腰筋刺鍼に最適な体表面上の刺鍼点と刺鍼法を確認する。

 2.確認方法
 腸腰筋に刺鍼し、1Hzで鍼通電刺激をする。股関節の屈曲・外旋運動または股関節前面(大腿骨頭部)での筋収縮の有無を確認する。

 3.使用鍼
 セイリン製Jタイプ1寸6分(50㎜)3番

 4.姿勢と刺入深度
 背臥位とし、膝窩部に膝枕を用いる。刺入深度は体格に応じ25~40㎜程度

 5.刺鍼法Aの検討と検証
 (1)参考書籍より
 鼠径部の大腿動脈拍動部より2横指外側の部(筋裂孔部)。上記の刺鍼法は、以下の参考書籍を基に検討した。
 参考書籍1.では、「鼠径部の大腿動脈拍動部より2横指外側もしくは上前腸骨棘の内下方で、腸骨に向けて外下方に刺入する」である。また、参考書籍2.では、「鼠径部の大腿動脈拍動部の2横指外側、鼠径靱帯より1横指下部を刺入点の目安にするとよい。刺入点や鍼先が内側によると大腿神経付近に、外側によると縫工筋に、下方によると大腿四頭筋に刺入される。」である。

 (2)結果・考察1
 鍼通電器の電流量を上げていくと、腸腰筋の筋収縮が観察される前に、大腿四頭筋や縫工筋の収縮が観察されることが多かった。これは、大腿神経に電流が流れ、同名神経に支配されている筋群の収縮が観察されたことから、大腿神経パルスになったものと判断できる。そのため、腸腰筋単独の筋収縮が観察されるものではなかった。
 また、患者の心理背景を考えると、治療といえどもなかなか刺入部位(筋裂孔部)を露出しにくいことが考えられる。
 以上のことより、刺鍼法Aは実用的なものではないと判断し刺鍼法Bを検討した。

 6.刺鍼法Bの検討と検証
 (1)筋裂孔部以外の刺鍼法
 刺鍼法Bの検討は、腸腰筋に大腿神経が走行し始める部位よりも上位で刺鍼することが望ましいと判断した。そのため、鼠径靱帯の起始部である上前腸骨棘周囲に着目した。

 (2)刺鍼法Bの刺入点
 鼠径部で、上前腸骨棘の下縁から水平に走る線上の内側20㎜程度の圧痛部。この体表面上の点を圧迫すると、大腿部前面に放散痛が出現する。

 (3)結果・考察2
 この部位で鍼通電による確認をしたところ、刺鍼法Bが最適と判断できた。それは、腸腰筋または腸骨筋の収縮が観察され、刺鍼法Bよりも外側部であったり下部では大腿部前面の知覚を支配する外側大腿皮神経が、また上部であったり内側部では腸骨下腹神経の運動枝である腹直筋の筋収縮が観察されたからである。
 筋裂孔部よりは上方であり、下腹部ではあるが、刺入点の水平線上付近には関元穴が近くにあることから、露出しやすい最低限の部位であると判断した。そのため、腸腰筋への刺鍼法については刺鍼法Bの刺入点が最適と考えられる。


Ⅳ 症例
 1 プロフィール
  年齢と性別:56歳 女性
  主訴:左股関節周囲の痛み
  評価:股関節周囲の軟部組織損傷
  ※股関節周囲に関連する症状のみ記載する

  1.背景と現病歴
 新年度の準備(4月9日)のため、階段の上り下りを繰り返し、日頃より忙しくしていた。その後、二日間が経過し、左股関節前面周囲の痛みを感じるようになった。痛みは体幹の前後屈や体幹の右回旋で出現する。受傷後1週間が経過し、痛みが増強したため来所となった。
 後に、整形外科を受診し、関節面の変形はないとの診断を受けた。また、婦人科でも特に問題となるものはないと診断された。

  2.自覚
 立位で体幹の右回旋時、左腰部から左殿部への痛みがある。また、左股関節屈曲時の痛みもある。

  3.他覚
   筋緊張:左(腸腰筋、左大腿筋膜張筋、小殿筋)
   ROM:左股関節 外旋で陽性(クリック音・疼痛)、内旋で陰性
トーマステスト:陽性(右股・膝関節屈曲位で腰椎の前弯を確認したが、ベッド面から離れていなかった)
   エリーテスト:陽性(ベッド面から上前腸骨棘が完全に離れていて2~3㎝浮いた状態)
   パトリックテスト、ニュートンテスト:陰性
   圧痛・硬結:左(衝門、居髎、殿点)
   身長:163cm 体重:53kg
   血圧:112/64mmHg(臥位、右)
   心拍数:60回

  4.治療法
   パック:頸、腰 10分
   ホットマグナー:左股関節前外側面 10分
   TENS:100Hz間欠 10分 2チャンネル(腸腰筋周囲と大腿筋膜張筋周囲)
※TENS機器:テクノリンク社製低周波治療器ラスパ-エース、刺激電極:日本光電製ビトロードP-150
   手技:腰殿部、下肢
   股関節運動法:屈曲・外転・外内旋

 2 経過と結果
 平成30年4月16日から6月20日まで計8回治療した。そのうち、1回目は別の担当者が、2回目から8回目までは筆者が担当した。ここでは変化のあった項目についてのみ記す。

  1.理学検査
 パトリックテストとニュートンテストは陰性であったが、トーマステストは、2回目から6回目まで陽性で膝窩部が3~4㎝程浮いた状態であった。それ以降は陰性に転じていた。また、エリーテストは最後まで陽性で、上前腸骨棘が2㎝程ベッド面から浮いた状態であった。

  2.治療法
 治療法は、2回目から5回目まで方針を変えず、6回目から8回まではTENS療法から普通鍼に変えて用いた。
 刺入部位は、腸腰筋では上記に示した刺鍼法Bの点と、大腿筋膜張筋では居髎より上位の点とした。

  3.鎮痛
 股関節痛は、治療を重ねることで日に日に軽減したが、増悪することもあった。痛みの変化では、「初回を10とすると現在はどの程度ですか」との質問で確認したところ、TENSを用いた時期では半分ぐらい(5)まで軽減したが、普通鍼を用いた頃では半分以下(2)との回答であった。また、普通鍼では特に鎮痛効果が著しいとの感想を持っていた。

 3 考察
  1.腸腰筋について
  (1)患者の姿勢より
 参考にした書籍に、腸腰筋が問題となる場合、「患者に特徴的な姿勢としてイスにふんぞり返るように浅く座る」というものがある。腸腰筋の作用を考えると、股関節の屈曲以外に、下肢を固定したときに体幹の屈曲というものがあるが、腸腰筋の収縮を起こさせないことを考えると、上記のような姿勢になるのかもしれない。患者から問診を重ね、確認したら座位でのPC作業をする時にこのような姿勢であったものと確認できた。

  (2)トーマステストより
 腸腰筋は、腰椎前面から起始する大腰筋と腸骨窩から起始する腸骨筋から成り立っている。腸腰筋の短縮は、トーマステストで判断するものであり、本症例では、患肢の膝窩部が3~4㎝程浮いた状態であったため陽性と判断した。健側の股・膝関節屈曲位で腰椎の前弯を確認したが、ベッド面から腰椎の棘突起が離れている状態ではなかった。通常は、大腰筋の短縮があると腰椎の前弯が観察されるが、ここではそうではなかったため大腰筋に問題はないと判断した。大腰筋以外の要素を考えると患肢が浮いた状態を考慮すれば腸骨筋単独の短縮があるものと考えた。

  2.大腿筋膜張筋について
 自覚症状で、「立位で体幹の右回旋時、左腰部から左殿部への痛みがある」というものがある。一般的に骨盤の右回旋があったものと判断すると、股関節前外側の筋群が伸展されたものと判断すれば、対象となった筋が大腿筋膜張筋や小殿筋と考えられる。いずれの筋も、股関節の内旋に作用するが、この先の鑑別は両者の筋を触察して圧痛を確認する必要がある。上前腸骨棘より上外側部の圧痛があったことから大腿筋膜張筋と判断した。

  3.鎮痛機序
  (1)TENS
 TENSはゲートコントロール説を応用した刺激方法の一つであり、触圧覚の受容器につながる神経線維を興奮させるものである。触圧覚を興奮させるための効果的な周波数帯域は、50~100Hzといわれていることから、高頻度の刺激が鎮痛に作用するといわれている。
 また、TENSの研究結果として、内因性オピオイドの分泌が明らかにされている。低頻度と高頻度の刺激による比較では、内因性オピオイドとそれに結合するオピオイド受容体が明らかにされてきて、低頻度ではΝ受容体にβエンドルフィン・エンドモルフィンが、高頻度ではδ受容体にエンケファリンが結合するとされている。

  (2)軸索反射の関与
 生体に刺激を与えると、軸索反射が生じる。皮膚の侵害刺激により、侵害受容性の1次求心性神経が興奮すると、その興奮は中枢側に伝導されると同時に、末梢血管に分布する軸索の分枝に沿って逆行性に伝導される。その結果、分枝の神経終末から血管拡張物質のサブスタンスP(SP)やCGRPが放出され、血管は拡張する。刺激局所で観察される紅潮反応(フレアー)は軸索反射によると考えられている。そのため、循環改善がみられたものと判断する。

 4 まとめ
 鍼施術については、これまで上記に記載してきたとおりであるが、それ以外に自宅で運動療法を行ってもらった。腸腰筋の運動療法として、股関節が伸展位となるストレッチの他、日に20~30分程度のウォーキングを行ってもらった。
 多くの運動療法は、全身の柔軟性、可動性、筋力増強効果、体脂肪率の減少、姿勢改善などの効果があるとされており、身体のトラブルを起こすリスクを軽減するだけでなく、全身的なトレーニングとしても利用できる。そのため、鍼施術の他に運動療法を組み合わせたことはそれぞれの利点が相乗効果となり治療効果につながったのではないかと考えている。
 継続治療が終了して治療が完結するのではなく、自宅などで運動療法となるセルフケアを続けていくことが治療効果を高めるのではないかと感じた。


Ⅴ 終わりに
 今回の腸腰筋刺鍼法の検討は、去る平成30年5月26・27日に開催された第1回臨床講座Ⅰ「股関節周囲症状の診かたと理療治療」の研修講座での内容に、手直しを加えて掲載したものである。
 腸腰筋刺鍼法で最も苦労した点は、腸腰筋内に腰神経叢が分布していて、この神経叢から枝分かれする6本の脊髄神経の内、大部分が知覚神経を含んでいて、数多くの刺鍼を試したところ知覚枝に当たることが多かったことである。その中でも、試行錯誤を重ね、刺鍼法Bを導き出せたことでとても安心でき、胸をなでおろしているところである。
 ただ、痛みにも耐えながら数多くの刺鍼を試した結果として、腸腰筋刺鍼法の確立以外に、たまたまではあるが小殿筋や大腿筋膜張筋を支配する上殿神経への刺鍼法の確立もできたこともあげられる。
 上殿神経刺鍼法については、次回の機会に譲るとして、これからも受講者や患者の有益となる情報を提供していきたい。


《引用・参考文献》
1)図解鍼灸療法技術ガイド~鍼灸臨床の場で必ず役立つ実践のすべて第1巻:矢野忠編集主幹、文光堂、2012
2)現代鍼灸臨床の実際:松本勅著、医歯薬出版、1996
3)図解鍼灸療法技術ガイド~鍼灸臨床の場で必ず役立つ実践のすべて第2巻:矢野忠編集主幹、文光堂、2012
4)はじめてのトリガーポイント鍼治療:伊藤和憲著、医道の日本社、2009


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